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現役ラガーマンで、教師で大学生。
小野澤宏時のデュアルキャリア人生。
posted2017/04/25 07:00
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph by
AFLO
現役引退後のセカンドキャリアを意識するのではなく、現役中からデュアルキャリアを生きてきた。ラグビー元日本代表の小野澤宏時は、トップアスリートとしてのキャリア形成と並行して、社会人としてのキャリアを作り上げてきた。
ラグビー選手としての足跡は、眩しいほどの輝きを放つ。2003年のトップリーグ開幕以前から日本を代表するウイングとして名を馳せ、ワールドカップには2003年、2007年、2011年と3大会連続で出場した。日本代表として13年にわたって稼働し、代表キャップ数と通算トライ数は歴代2位を数える。
トップリーグの歴史にも、小野澤の名前は深く刻まれている。サントリーの一員として臨んだ'03年のトップリーグ開幕戦で、記念すべき第1号のトライを決めたのは彼である。'07-'08シーズンにリーグ戦とプレーオフでMVPを連続受賞し、'09-'10、'10-'11シーズンに最多トライゲッターとなった。ベスト15にはフルバックで1度、ウイングで7度選ばれている。
契約形態が変わったのを契機に、大学へ通う。
国内外の第一線で日本ラグビー界を牽引しながら、小野澤は楕円球を追いかけていない時間も大切にしてきた。社員選手から嘱託社員へ立場を変えることで、デュアルキャリアをスタートさせた。
「2000年にサントリーに入社して、入社4年目の'03年に契約形態を変えられることになったんですね。それまでは社員でしたから、朝9時に出社して17時まで勤務し、それから練習をしていました。
それが嘱託社員になると準プロの扱いで、自分の時間が増える。その時間を使って大学へ通い、保健体育の教員免許を取りました。サントリー入社前に通っていた中央大学は文学部だったので、必要な単位をすべて取り直しました」