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清原和博と渡辺智男。
果たせなかった“約束”。
text by

鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKatsuro Okazawa
posted2017/03/17 17:20

PLを1失点で抑えた渡辺。帝京と戦った決勝戦では、自らホームランも放って勝利に貢献している。
「いくしかないっしょ。いくしかないっしょ」
イニングの合間、打球が当たった場所を氷で冷やす渡辺に山中は聞いた。
「智男、代わるか」
すると、その度にエースは言った。
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「いくしかないっしょ」
「無理せんでええぞ」
「いくしかないっしょ」
入学当初から勝敗に対して淡白だった渡辺がこれほどの執着を見せたことに山中は驚き、胸が震えた。
だから同点のまま迎えた終盤、他のナインに向かって声を荒げた。
「お前ら、智男がこんな思いして放ってんのに、このまま延長入ったら朝まで返さんからな!」
かくして伊野商は初戦を辛くも突破し、アンダースローの渡辺智男は最後までマウンドを守り通した。
そして高知商との決勝戦。渡辺は8回に逆転を許し、敗れた。清原との約束を果たせないまま、力尽きた。
「普通はあんな状態で放るのは無理やと思います」
あれから32年。
山中が渡辺という投手について最も鮮明に覚えているのは、あの壮絶な下手投げの姿だという。
何があの淡白な男にそこまでさせたのか。何が渡辺を変えたのか。そして思い当たった。春のセンバツ準決勝、PL学園戦を境にして、確かにエースは何かを背負い始めた。
「普通はあんな状態で放るのは無理やと思います。PLを倒して、センバツを終えて、あの時の智男には責任感や執念というものがありましたね」
この後、渡辺は社会人野球を経て、プロの世界へとステージを上っていく。入学した時は甲子園どころか、野球を続けることにすら消極的だった少年が投げることへの野心を取り戻し、限界に挑戦していく過程を山中は目の当たりにした。
それほどの劇的な変化があの春、PL学園・清原との対戦の最中で起こっていた。そう考えれば、渡辺が地面に這いつくばってでも清原の挑戦に応えようとした理由がわかるのだ。
