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清原和博と渡辺智男。
果たせなかった“約束”。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKatsuro Okazawa
posted2017/03/17 17:20
PLを1失点で抑えた渡辺。帝京と戦った決勝戦では、自らホームランも放って勝利に貢献している。
地方大会初戦。マウンドにうずくまるエース。
まだ携帯電話も、ポケベルさえもない時代。本意を伝える手段は1つだった。甲子園に辿り着くことが清原への返答になる――。
そんな思いを秘めて3年夏の高知大会に臨んだ。
渡辺の気持ちを知ってか知らずか、野球の神様はなかなか冷酷だった。夏の初戦。相手打者のライナーが渡辺の右肩付近を直撃した。マウンドにうずくまるエース。伊野商監督の山中直人は敗退を覚悟したという。
「腕をあげられない状態でした。うちは他の選手にも投手の練習をさせてはいましたが、実質、渡辺しかピッチャーがおらんチームでしたから」
誰もが羨む才能を持ちながらも執着とは無縁の男。それが山中や仲間たちが知っている渡辺だ。おそらくエースは降板を申し出るだろう。そう思っていた。だが、渡辺はマウンドに立ち続けた。
「いくしかないっしょ」
そう言うと、なんとアンダースローから投げ始めたのだ。捕手の元までたどり着くのさえ、しんどそうな山なりの球だった。
甲子園優勝投手が地方大会でスローボールを投げる姿。
渡辺の速球は当時、高校生No.1と言われていた。
オーバーハンドから繰り出される、どこまでも伸びていくような美しいストレートは怪物・清原にかすらせもしなかったことで評価を不動のものにした。そのセンバツ優勝投手が地方大会初戦で、右肩を地面に這わせるようにしてスローボールを放る姿に山中は絶句した。
「僕はあの智男の姿が忘れられんのですよ。センバツ優勝投手がそんな姿をさらしてまで投げるんかって。なんでそこまでするんやって。あの時は思いましたね」
同点のまま試合は進んでいく。渡辺の快速球をイメージしていた相手打線は最初こそ遅い球に面食らっていたが、次第に100kmにも満たないボールをとらえ始める。いつもは自信を持って浅めに守っていた伊野商の外野陣もこの試合ばかりはフェンスにへばりつかなければならなかった。