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「控えでも代表招集しなければ……」
イングランド人選手の“内向き志向”。 

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山中忍

山中忍Shinobu Yamanaka

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posted2016/09/10 11:30

「控えでも代表招集しなければ……」イングランド人選手の“内向き志向”。<Number Web> photograph by Getty Images

U-21イングランド代表戦でハットトリックを決めたラッシュフォード。“国内組有望株”の筆頭格である。

“TVマネー”が潤うプレミアの方が給与面でも……。

 加えて母国では、言葉の面以外でも全く不自由のない生活がプレミアの選手として約束されている。今年に入って『デイリー・メール』紙が公表した調査結果によれば、2014-15シーズンの平均年俸は170万ポンド(約2.6億円)。国民平均所得の約62倍という稼ぎぶりだ。

 30年前の平均収入は、国民平均の2~3倍でしかなかった年間2万5000ポンド(約380万円)。1970年代後半から90年代前半までが、イングランド・サッカー界の「輸出最盛期」だったことと無関係ではないだろう。選手が意欲的に海外を目指した当時は、ケビン・キーガン(ハンブルク)、ガリー・リネカー(バルセロナ)、グレン・ホドル(モナコ)、クリス・ワドル(マルセイユ)など、現地で活躍したと言える海外移籍例も複数見られた。

 プレミアが“TVマネー”で潤う今日では、昨季終了後にマンUと新契約を結んだ18歳のマーカス・ラッシュフォードが、週給で2万5000ポンドを稼ぐ時代だ。とはいえ近年にも、海外進出傾向が見え始めたと騒がれたことはある。ラベル・モリソンが21歳でラツィオに移籍した2015年1月のことだ。だが実際には、「やればできるはず」という母国メディアの希望的観測が含まれた報道だったと言わざるを得ない。

ポグバ以上の期待を背負ったモリソンはラツィオへ。

 たしかに、当時のイタリアにはマイカ・リチャーズとアシュリー・コールもいた。スティーブン・ジェラードとフランク・ランパードのアメリカ行きも決まっていた。しかし、ジェラードとランパードは現役最後の「出稼ぎ」も同然。コールもキャリア末期で、ローマで欧州第一線にこだわってみたが、翌年にはLAギャラクシーへと移ってジェラードに合流している。リチャーズのフィオレンティーナ行きは、マンCからレンタル移籍の域を出なかった。

 そしてモリソンは、完全移籍ではあったものの切羽詰まった状況だった。マンUのユースで育ったセンターハーフには、今夏に世界最高額の移籍金で買い戻されたポール・ポグバ以上の期待が寄せられていた。

 しかし素行の問題で、名伯楽として知られたサー・アレックス・ファーガソン監督(当時)もギブアップ。最終的には、一軍戦出場歴3試合の18歳による週給3万ポンド(約450万円)の新契約要求が、クラブに放出の引金を弾かせたと言われる。マンUの提示額よりは高い週給1万5000ポンドでウェストハムに移籍したモリソンだったが、問題児のレッテルは剥がせず、プロ生活で既に6番目のクラブとして国外のラツィオに飛び出した恰好だ。

【次ページ】 ベイルはウェールズ人だからこそレアルへと渡った。

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