マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
捕手目線で見た、夏の甲子園開幕戦。
いい捕手の条件と、投手のプライド。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2014/08/12 10:40
龍谷大平安と春日部共栄の開幕戦は、春日部共栄が1回表に奪った5点を守りきって勝利。捕手の守屋元気は県大会で打率.577を記録した主軸打者でもある。
捕手がマウンドへ行く「タイミング」とは。
ピンチを迎える。
捕手がマウンドに向かう。守っている内野手たちもマウンドに集まる。
よくある場面だ。
こんな時、捕手はやたらに行けばよいというもんじゃない。実は私、高校生の時にこの事について、いい勉強をさせてもらったことがある。
当時の安倍捕手は“やたらマウンドへ行く捕手”であった。何かあったらすぐマウンドへ行って、気の利いた言葉の一つや二つかけられるのが好捕手だと信じていた。
ところがある日、3ランを被弾したエースのもとへ駆け寄ろうとした瞬間、マウンドからグラブで「しっ、しっ」とされた。構わず行ってみると、
「来るなよ!」
日頃は温厚なヤツに、鬼のような顔でにらまれた。後で頭の冷えたそいつに訊いたところ、こういう話だった。
「投手がホームランを打たれるというのは、勝負に敗北したということ。敗北感に打ちひしがれている時に来られるのは、投手にとって恥ずかしいことであり、自分がヘボいヤツということになる。だから来てほしくない。お前、試験で0点取ってオレになぐさめてほしいかよ?」
スッと胸に落ちる話だった。その後、大学の野球部でまたこの仕事をするようになって、何人もの投手たちに尋ねてみたが、強く共感する者がほとんどだった。
投手は誇り高いものだ。確かに、それだけの仕事をするポジションである。そんな投手たちに、捕手は満座の中で恥をかかせてはいけない。捕手の仕事は投手を気分よく投げさせること、この1点に尽きる。
投手がまだ“勝っている”タイミングでグチを聞く。
ならば、いつ行くのか?
投手がガッカリしている時である。
どん詰まりの打球が惜しくもポテンになった時。同様に、打ち取った打球をバックがエラーした時。投手のベストボールがボールと判定されて四球になった時。つまり、投手がまだ“勝っている”時である。
こういう時にマウンドに行って、まず投手のグチを黙って聞いてやる。それから、ミットじゃなくて、生の右手で背中か肩をポンと触って帰ってくればそれでよい。
いい捕手。
それは、目立たない捕手。
私は最近、そんなふうに思うようになってきた。