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なぜ小林可夢偉は「特別」なのか?
脅威のオーバーテイクの秘密。
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byHiroshi Kaneko
posted2010/10/15 10:30
過去の日本人F1ドライバーは、さまざまな形で必ず大きな“スポンサー”が付いていた。小林はそれが無いにもかかわらずF1のシートを獲得しているのだ
多くの日本人ジャーナリストたちに混じって、あるイタリア人ジャーナリストがBMWザウバーのチームハウスの前で時折腕時計に目をやりながら立っていた。聞けば、「今日はカムイに話が聞きたいんだけど、これからフェラーリのチームハウスでも会見があるんだ。もし、その間にカムイの会見が始まったら、代わりに聞いておいてくれないか。『どうして、鈴鹿であんなにオーバーテイクを仕掛けられたのか?』と」
そのジャーナリストは、直前に行われたトップ3ドライバーによる記者会見で、トップを走るベッテルに一度も仕掛けることなく2位に終わったウェバーから「鈴鹿ではスタートで前に出ないと、抜けないからね」という敗戦の弁を聞いていた。これはウェバーが負け惜しみで言ったのではなく、彼の本音であり、他の多くのドライバーからもよく聞かれる当たり前のコメントでもある。
事実、今年の日本GPで入賞圏内において同一ラップで前車を抜いたドライバーは、小林を除くとセーフティカー明けにバリチェロを差したシューマッハと、ギアボックスにトラブルを抱えたハミルトンを抜き去ったバトンの2人だけ。
攻略が難しい鈴鹿は、ドライバーにとっては運転していて楽しいコースかもしれないが、観戦している側から見るとオーバーテイクがほとんど見られないサーキットとして名高いのだ。
誰にも真似ができないオーバーテイクを決められる理由。
にもかかわらず、そんな鈴鹿で小林は5度のオーバーテイクショーを披露した。しかも、ヘアピンのアウト側という“想定外”のライン取りでもオーバーテイクをきめているのだから驚くほか無い。
なぜ、小林はあんなにオーバーテイクができたのか?
その謎を解く鍵は1年前の日本GPに隠されていた。
'09年の日本GP。小林はトヨタのリザーブドライバーとして鈴鹿を訪れていた。ところが金曜日の朝、レギュラードライバーのグロックが体調を崩したため、代役で出場することとなった。トヨタのテストドライバーを務めている小林。しかし、F1は昨年から経費削減でシーズン中のテストが禁止されていたため、小林がトヨタのF1マシンに収まるのは、約7カ月ぶりのことだったのだ。
その時、慣れない他人のセッティングのマシンでコースに出た小林は、一度もコースアウトしなかったばかりか、ファーストドライバーのトゥルーリに対してコンマ3秒遅れの12番手で一日のプログラムを無事終了させるのである。
その時の走りを可能にしていたものこそ、彼独特の脳内トレーニングだった。