REVERSE ANGLEBACK NUMBER
ライバルを無視して敗れた桐生祥秀。
「見て見ぬふり」で勝った山縣亮太。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byAsami Enomoto
posted2013/06/12 10:30
「今日は自分のレースに集中するというテーマを掲げて臨みました。決勝も同じ感覚でやれたので、良い収穫があった」とレース後の山縣(写真右)。経験で山縣に一日の長があったか。
レース前、自分に集中しすぎたのが、桐生の敗因か。
こいつさえ倒せば。ならばどうする。山縣は4月の織田記念で桐生に敗れている。例の10秒01が出た大会だ。山縣が年下に負けるのは中学以来だそうだ。相当くやしかったろうし、自分より先に9秒台を出されてしまうかもしれないというあせりもあったろう。だが、それを気にしすぎれば、自分のアドバンテージであるスタートが乱れる。気にならないはずもないが、ひとまずは見て見ぬふり。前だけ見てスタートを決めた。
桐生だって山縣を意識していないはずはなかった。しかし山縣が「見ないように」と意識したほど、桐生は気に留めていなかったのではないか。むしろレース前の自分への集中は山縣以上だったように思える。ただ、自分のへそを眺めすぎた。緊張している自分がありありと実感でき、いつもやる腹に手を当てるポーズをしても、平静さは戻ってこなかった。
ライバルを「見て見ぬふり」をする加減がむずかしい。
そのままスタート。やや劣るのは覚悟していた。だが、山縣が目に入ってくるのが予想よりも早かった。50mあたりで左の視界に山縣が入ってくる。見えるということははっきり前に出られているということだ。
ADVERTISEMENT
視野に飛び込んだ映像が走りのリズムを悪くした。体が浮き気味になる。ラップタイムにそれが現れた。スタートでの差は50mあたりまでは開かずに維持できたが、50mすぎてから広げられた。得意な後半で乱れた。見て見ぬふりができず、「心でも負けた」。苦いコメントを残した。
では、いつでも山縣のように見て見ぬふりをすればうまくいくかというとそうともいえない。「見て見ぬふり」自体が、すでに十分相手を意識していることでもある。
この日の男子やり投げでは村上幸史がディーン元気を逆転して勝った。去年の選手権で13連覇を阻まれ、ロンドンでも思うような成績を出せなかった村上は、ほぼディーンを見つづけて、立ち直りを期していた。こちらは見つづけたことが、好結果を呼んだ。
視野を真っ白にして勝ってしまった例もある。女子400mで勝った高校生の杉浦はる香。ライバルも目標タイムも考えず、突っ走ったら日本歴代2位のジュニア新記録。見るのがいいのか、見ないのがいいのか。ほどほどはどのあたりだ。