REVERSE ANGLEBACK NUMBER
ライバルを無視して敗れた桐生祥秀。
「見て見ぬふり」で勝った山縣亮太。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byAsami Enomoto
posted2013/06/12 10:30
「今日は自分のレースに集中するというテーマを掲げて臨みました。決勝も同じ感覚でやれたので、良い収穫があった」とレース後の山縣(写真右)。経験で山縣に一日の長があったか。
陸上の日本選手権はオリンピックイヤーが盛り上がる。オリンピックの翌年は比較的静かな大会になるのが普通だ。ところが今年は違った。特に土曜日。天気がよかったこともあるが、味の素スタジアムにはFC東京の試合に匹敵するような多くの観客が詰め掛け、高いほうのS席は売り切れだった。陸上と縁のなさそうな女性や子ども、ビールを手にしたおじさんもいる。同じ沿線の府中の競馬場にいるほうがしっくりきそうなつやつやした顔でトラックを眺めている。
めずらしく海外メディアも来ていた。日本の陸上競技なのに。
「17歳のときのウサイン・ボルトよりいい記録なんて。すごい高校生だよ」
カメラを向けられ、そんなことを叫んでいる。桐生祥秀のことをいっているのだ。それだけあの10秒01は強烈だったわけだ。
その桐生は予選2位のタイムで土曜日の決勝に進んだ。10秒28。スタートでやや立ち遅れながらの記録だから、ぴったり決まれば大記録があるかもしれない。そんな期待が久々に100mにスポットライトを向けさせた。
建前は自分との戦い、本音はライバルとの一騎打ち。
だが、決勝はあっさり決着がついた。スタートから10mで決まったといってもよい。勝ったのは桐生のとなりのレーンを走った山縣亮太。ロンドンオリンピックでは準決勝まで進み、10秒07のタイムを出している。
山縣のスタートは抜群だった。決勝進出者の中で最速の0秒119という反応タイムで飛び出し、リードする。桐生は10mまでで0秒2の差をつけられた。この差を詰めることができず、得意なはずの後半もむしろ差を広げられて、桐生は2位に終わる。山縣のタイムは10秒11で、世界選手権の参加標準Aを突破した。桐生は10秒25。9秒台どころか10秒1も切ることができなかった。
レースが終わったとき感じたのは陸上競技で相手を見ることのむずかしさ。いや、見ないことも含めて、相手との距離の取り方のむずかしさといったことを考えさせられた。
相手と書いたが、もちろん陸上のトラックは1対1の対戦競技ではない。決勝に8人残れば8人が相手。一人ひとりに戦略を練り、戦術を考えて臨むようなことはできない。だから、基本は自分への集中。
「自分のレースをするだけです」
多くの選手はいう。しかし、もちろんそれは建前で、心の中には、こいつを倒せばという相手が間違いなく存在する。この日の桐生と山縣はほぼマッチレースという関係だった。