ネット裏甲子園BACK NUMBER
“8号門クラブ”の夏は終わらない!
高校野球に取り憑かれた男たち。
~あの“ラガーさん”が引退発言か!?~
text by
芦部聡Satoshi Ashibe
photograph bySatoshi Ashibe
posted2010/08/20 06:00
8月7日の開会式で胸を張って行進していた49の出場校は、14日間の激闘のはてにわずか2校に絞られる。残る試合は決勝の1試合だけである。1回戦から3回戦までは1日に3試合、4試合と存分に堪能してきただけに、いささか寂しい。甲子園の夏も終わりに近づいてきている。
「せやなあ……。でも、1日に4試合も炎天下で見るのは、さすがに身体には堪えるなあ。最初は平気だったけど、3回戦がいちばんしんどいね」
ベスト8が出揃った大会11日目の終了後、ディレクターズチェアに深々と腰掛けて、「おれも歳だな」と苦笑するのは、8号門クラブのベテランで、メンバーからは“会長”の愛称で慕われている山田さん(ご本人の希望により仮名)。左手首にはめている腕時計を外すと、そこだけがくっきりと白いまま。色濃く日焼けした表情からはうかがい知れないが、疲労はピークを迎えているようだ。
「今日が火曜で、水、木、金……甲子園もあと3日か。なんとか今年も乗り切れそうだな」
いや会長さん、土曜に決勝戦があるから、大会は残り4日ですってば。
「ああ……最終日は見ないんだ。せっかく決勝まで進んだのに負けるチームを見るのが、不憫でならんのだよ。残酷すぎる気がしてなあ……。だから、おれの甲子園は毎年準決勝で終わるんだ」
すべての学校に勝たせてやりたい。多くの高校野球ファンが願うことかもしれないが、せっかく開幕2日前から8号門に並び続けたのに、優勝校を見届けずして甲子園をあとにするとは……。やはり8号門クラブのメンバーは一筋縄ではいかない。
ラガーシャツの名物男が恐れる“甲子園最後の日”。
座席表でいえば「TOSHIBAシート 1段73」。テレビ中継の画面では、階段右側ブロックの最前列、左から3つめのシートで全試合観戦している男性をご存じだろうか? 必ず蛍光イエローのキャップにボーダーのラガーシャツ。ブランドはカンタベリーと決まっている。しかも、試合ごとにこまめに着替え、黄色×紺、赤×青……と多彩なバリエーションで見る者を楽しませてくれるこの人物こそ、「ラガーさん」こと善養寺隆一さん。8号門前で記念写真をせがむファンがいるほどの名物男だ。
「ふだんはこんな色の帽子は被らないし、ラガーシャツもたまには着ることはあるけど、毎日は着ませんよ。こんな恰好をするのは甲子園に来るときだけ。いつの間にか『善養寺はキャップとラガーシャツ』というイメージが仲間内で定着しちゃったもんだから……。夏はものすごい汗をかくから、着替えると気分がいい。別に楽しませようと思って着替えてるわけじゃないんです。今年は12枚ほど持ってきてるけど、全部同じ柄っていうほうがヘンでしょう(笑)」
善養寺さんは全試合を観戦するようになったのは99年から。やはり仕事のやりくりがいちばんの悩みの種だという。
「家業の印刷屋で働いているので、社長の父親に無理をいって甲子園の期間中は休ませてもらってるんだけど……家族の視線は冷たいですよ。独り身だから気楽ではあるんだけど、いい歳して何を馬鹿なことやってるんだと呆れられてますよ」
春夏の全試合観戦も11年目を迎えた善養寺さんだが、不安もあると打ち明ける。
「ときどき『いつまで全試合観戦できるんだろう』って、ふと頭をよぎることがある。どんなことでも必ず終わりは来るし、近いうちに引退しないといけないような予感があるんだよね……。いつまでできるか分からないからこそ、チャンスがあるうちは楽しみたいと思ってます」