ネット裏甲子園BACK NUMBER
ホテルは借りれど寝床は段ボール!?
「8号門クラブ」の知られざる奮闘。
text by
芦部聡Satoshi Ashibe
photograph bySatoshi Ashibe
posted2010/08/17 06:00
8号門に並ぶための必須条件は2万2400円の通し券購入。
「全試合観戦できるのは、定年を迎えて時間に余裕がある方や、学生に限られてきますし……。甲子園は勤め人には厳しいですよ。社会人で全試合観戦してるのは2、3人だと思います」
8号門歴は10年を数えるという三重県在住の鈴木さん(こちらもご本人の希望により仮名)は、仕事の都合で10日目までしか甲子園にいられないとボヤく。大学生になるお子さんふたりを持つ家庭人である。
「最初は家族みんなで来てたんです。だけど、妻は暑くて耐えられないから、二度と行かないと。で、子供と3人で来てたんですが、小学生といえども学校の行事があったり、友だちと遊んだりと忙しいでしょう。だんだんつきあってくれなくなって、今では私ひとり。春夏の甲子園通いのほかには、これといって趣味もない。ギャンブルや浮気に走るよりはマシだと、妻は納得してるみたいです(笑)」
仕事の調整、家族の理解に加えて、金銭的な負担も大変だと鈴木さんは嘆く。
「ネット裏の中央特別自由席の前売りは、15日間の通し券しか販売されない。これが2万2400円なんですけど、8号門に並んで開門と同時に席を確保するのであれば、ムダになるのを承知で通し券を買わないといけない。野宿するといっても、拠点にするホテルを借りると滞在費はかさむ。球場近くのノボテル甲子園に部屋をキープしてる勝ち組の方もいらっしゃるようですが、私にはとてもじゃないけど無理ですね……」
鈴木さんは宿代を節約するために、三重県からマイカーでやってくる。トランクに荷物を置いておき、球場から徒歩15分ほどの銭湯で汗を流し、コインランドリーで洗濯をする。
「球場のそばの駐車場は高いから、ちょっと離れたところに停めてます。自転車も持ってきているから、不便はないですよ」
すごいピッチャーを見るためには段ボール生活も厭わない。
なかなか真似できない、というかあまり真似したくはない、涙ぐましい努力である。そこまでして甲子園に通う理由を尋ねると、少し考えたのち「ピッチャーかな」という言葉が返ってきた。
「すごいピッチャーをこの目で見ておきたい、記憶に留めておきたいんです。プロになって甲子園での投球からどれくらい成長しているか、比較するのって楽しいじゃないですか。最近だとダルビッシュや涌井。彼らは甲子園のときから輝いていたけど、当時の印象は今でも鮮明に残ってますしね。彼らがマウンドに立ったときの佇まいや雰囲気……そういったものは球場で見ないと分からない」
今大会は記憶に残るすごいピッチャーはいましたか?
「興南の島袋にしても、東海大相模の一二三にしても、まとまってはいるけど強烈な感じは受けなかった。今大会は全体的に小粒だけど、広陵の有原は今後が楽しみかな。試合のあやで初戦で負けてしまったけど、大器の予感がする。プロで即戦力になるのは難しいだろうけど、数年後が楽しみですよねえ」
話をしているうちに工藤さんが戻ってきた。
「では、私らも用事を済ませてきますので」
田中さんは阪神電車で尼崎へ、鈴木さんは自転車で駐車場へと向かい、ふたたび8号門前に戻ってくる。そして段ボールに横たわり、翌日の試合に備えて英気を養うのである。
8号門クラブの1日は長い。