オリンピックへの道BACK NUMBER
男子重量級の人材不足の露呈も……。
柔道全日本選手権、穴井隆将が有終。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAFLO
posted2013/05/06 08:01
決勝では初出場の20歳原沢久喜(手前)に優勢勝ちし、観客に笑みを振りまいた穴井。
重圧から解放された最後の舞台で本来の実力を発揮。
だが、指の故障も回復して迎えたはずのロンドン五輪でも、結局その課題を克服できなかった。連日、日本男子に金メダルが出ないことでプレッシャーがかかる中、2回戦で押さえ込みの一本負けを喫したのである。
そのとき、引退を決意したという。ただ、このまま去ろうとは思わなかった。そして最後の場に選んだのが、全日本選手権だった。
「まさか優勝できるとは思いませんでした」
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穴井は言った。
練習量は、オリンピックの前からすれば、半分もなかった。
にもかかわらず、優勝できた。そこにあるのは、これまで力を出せなかった大会との心境の違いにほかならない。
「勝たなければいけないという思いを取り払って戦いたいと思っていました」
こう考えて大会に臨んだというが、これまでどうあがいても取り除けなかった重圧が取り払われたとき、本来の持ち味を出すことができた。そのことは、穴井に限らず、柔道、いや、スポーツにおける、メンタルの整え方の難しさをあらためて表してもいる。
重圧が無くなり、新たな境地を知った穴井だからこそ、次へ、と思いたくなる。
だが、本人は「引退という考えに変わりはない」と言う。今後は、指導者として、自身の経験をいかしていくことになる。
不甲斐ない成績の若手たちに井上監督は危機感を抱く。
穴井が優勝した今大会は、一方で、重量級の今後への厳しさを示すものでもあった。
昨年の全日本選抜体重別選手権の100kg超級で優勝した七戸龍は3回戦でベテランの棟田康幸に、優勝候補であり今後を担うと期待される石井竜太、百瀬優は穴井の前に敗れた。さらに、ロンドン五輪100kg超級の代表だった上川大樹にいたっては、予選で敗れ、全日本選手権に出場できなかった。
井上監督のコメントにも、危機感が表れている。
「一線を退き、練習量も半分ほどしかない選手に敗れた。ゼロから見直したいです」
「もっと意地と自覚を見せてほしかったです」
昨年の全日本選手権で、90kg級の加藤博剛が優勝したときも、重量級の選手たちの人材不足がクローズアップされたが、あらためて浮き彫りになった。
それは、柔道に対する世間の厳しい目のせいか、例年より少なかった観客とともに、寂しさを感じさせもした。