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男子重量級の人材不足の露呈も……。
柔道全日本選手権、穴井隆将が有終。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAFLO
posted2013/05/06 08:01
決勝では初出場の20歳原沢久喜(手前)に優勢勝ちし、観客に笑みを振りまいた穴井。
笑顔だった。
優勝を決めた決勝のあとはむろん、試合の最中も笑顔だった。
4月29日、日本武道館で行なわれた全日本選手権で大会前に引退を表明していた穴井隆将が優勝した。'09年以来、4年ぶり2度目の優勝である。
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何よりも目を引いたのは、表情である。これほど晴れやかな表情で試合を戦ったことは、あっただろうか。
表情の違いは、試合ぶりにも表れていた。初戦から決勝まで、一貫して、落ち着いた態度と、過度に慎重にならない伸びやかさがあったのだ。
「お世話になった方々に、感謝の気持ちを伝えたいと思っていました」
試合後、穴井はこう言葉にした。
100kg級の穴井は、日本の重量級の期待を背負ってきた選手である。
中学時代から全国大会のタイトルを手にし、北京五輪後の'09年、全日本選手権で優勝し、同年の世界選手権代表にも初めて選ばれた。現日本代表監督の井上康生氏、代表コーチの鈴木桂治氏のあとを継いでいく存在とも思われた。
穴井の柔道人生は大勝負の重圧との戦いでもあった。
ジュニアの頃から積み重ねてきた実績もさることながら、日本柔道が理想として掲げてきた一本を取れる技の切れ味が魅力だった。女子の中にも、穴井の映像を観て参考にする選手がいるほどだった。
さらに、練習量の多さ、取り組む姿勢に定評があった。だから、重量級を背負える選手として、また、日本柔道界のエースとして期待を集め続けた。
だが、大きな舞台では勝てないというイメージがつきまとった。'09年の世界選手権では準々決勝で優位に戦いながら敗れ、敗者復活戦にまわっての銅メダルに終わった。'10年の同大会こそ優勝しているが、'11年、パリでの大会では(指の怪我の影響もあったが)3回戦で敗退したことで、「力を出し切れない選手」という印象が強まった。
以前、穴井はその点について、こう語ったことがある。
「稽古をやったから勝てるわけでもないし、もちろん、やったことで自信を持てるけれど、最終的には畳の上で表現しないと」
いかに重圧のかかる実戦で自分の柔道を表現するか。その戦いこそ、穴井にとって大きな敵でもあった。