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落合博満は“内角攻め”をこう考えた。
前田智と江村、死球騒動の教訓とは?
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2013/04/27 08:01
日大から社会人のワイテックを経てヤクルトに入団したドラフト4位ルーキーの江村将也。4月23日の広島戦でプロ1勝目を挙げたが、死球を与えた前田智徳が骨折したこともあって苦い初勝利となった。
内角攻めは打者に恐怖心を植えつける心理戦でもある。
野球に死球はつきものである。
メジャーでは古くから「インコースは投手の聖域だ」という言葉がある。特に近代野球では、バットなど用具が進歩し、打撃マシンなども整備されて打者の技術は向上の一途をたどっている。それに比して、投手は昔ながら腕一本で勝負しなければならないのである。
その投手が生き残っていくためには、打者の身体を起こすようなインコースの厳しいボールを投げ、その残像を利用して料理していくしかない。それでも踏み込んで強打しようとしてくる打者に対しては、メジャーの投手の中には平気で頭付近へのブラッシュボールを投げてくる投手もいる。
1990年代から2000年代前半にかけての最強投手としてイチローや松井が一目を置いたペドロ・マルチネス投手や薬物問題でケチはついたが、それでも過去20年で間違いなく最強投手の一人に挙げられるロジャー・クレメンス投手などには、“ヘッド・ハンター(首狩り族)”という異名がついていた。ブラッシュまがいの厳しい内角攻めを辞さず、実際に平然と頭を狙って投げる彼らのピッチングに由来するものなのである。
「これからも内角を攻める」と当の江村は強気だが……。
ただ、一つだけ言うとすれば、彼らが投げるブラッシュボール(全部とは言わないが……)は、決して指にかかっていない抜けたボールではないということなのだ。
狙って投げている――こちらの方が悪質といえば悪質かもしれないが、彼らの厳しい内角攻め、威嚇には、はっきりとした意思があり、その意思を支える技術の裏付けがある。打者も狙ってくることを前提に踏み込み、その上で内角という“投手の聖域”を巡っての攻防が繰り広げられるわけである。
「自分は150kmの真っすぐを投げるわけじゃないので、これからも左(打者)の内角をきっちりと攻めていきたい」
前田に死球を当てた江村の試合後のコメントだ。
江村は前田の死球による満塁のピンチにも、続くフレッド・ルイス外野手を空振りの三振に仕留めてピンチを切り抜けると、直後にウラジミル・バレンティン外野手の勝ち越し二塁打が飛び出してプロ入り初勝利。広島出身で「自分にとっては特別な存在」という前田に死球を当て、乱闘騒ぎを引き起こしたにもかかわらず、強気で攻めのピッチングが出来た心の強さは投手としての可能性を示すものだったといえる。