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<日本一のアルパインクライマーが語る(4)> 山野井泰史 「驚異のカムバック、なぜ山に登るのか」
text by
柳橋閑Kan Yanagibashi
photograph byMiki Fukano
posted2012/08/23 06:00
「おまえは本当にそれをやりたいのか?」
――やがて山に登らなくなる日が来ると思うことはありますか。
僕はもう47歳で、指の問題とは別に、やっぱりこの先レベルは落ちていくと思うんですよね。でも、レベルが落ちてもおもしろいですからね。やめる理由がない。
たぶん他のスポーツの場合、レベルが落ちるとすごく悲しいから、みんな引退していくんでしょうね。でも、こんなにおもしろいもの、僕にはやめられないですね。
いまでこそ多少山の世界では知られているのかもしれないけど、将来的には僕なんかは忘れられていくと思うんですよ。でも、それも関係ない。
能力も落ちていくかもしれないけど、上に上がれる限り登り続けるでしょうね。最終的に何歳まで生きるか分からないけど、きっとおじいちゃんになって体力がなくなっても、がんばって登っていると思う。
――登る山や岩のレベルでもないし、功名心のためでも、ましてやお金のためでもない。やっぱり「純粋に登ること」が山野井さんにとっては何よりも重要なんでしょうか。
山に向かうときはいつも、「おまえは本当にそれをやりたいのか?」と自分に問いかけてから行動に移します。時間がもったいないですから。人生70年か80年か分からないけど、その中で大きい山への挑戦は年に1回できるかできないか。チャンスはもう20~30回しかない。それを人にアピールするために費やすのは、あまりにももったいない。だから、「ああ、自分はやったんだ」と思えることだけをやりたい。それが僕にとっての純粋な登山です。
なかなか僕より山が好きな人って出会わないんですけど、ポーランドのヴォイテク・クルティカという登山家だけは例外ですね。いっしょに組んでヒマラヤへ行ったときも、「あの山を見ろ、すごいな、きれいだな」って、ずっと言ってるんですよ。山の素晴らしさをものすごく全面的に感じているというのかな。「あそこにああいうルートが引けたら最高だろうな」と語っているときの彼の表情を見ると、山がものすごくきれいに見えて、ものすごく登りたいと感じていることが伝わってくる。
いまヨーロッパでクライマーに与えられる賞なども、当時のクルティカなら毎年総なめにできるぐらいすごいレベルだった。でも、たぶん彼は受け取らなかったでしょうね。そういうクライマーなんです。