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<日本一のアルパインクライマーが語る(4)> 山野井泰史 「驚異のカムバック、なぜ山に登るのか」
text by
柳橋閑Kan Yanagibashi
photograph byMiki Fukano
posted2012/08/23 06:00
10歳のときから、記憶がすべて山に関することばかり。
――実際、'05年には中国のポタラ北壁に単独で、'07年にはグリーンランドのオルカに妙子さんと挑戦し、初登攀に成功しましたよね。
自分でもよく登れるなとは思うんですよ。ただ、今までの蓄積でごまかしている部分はあります。新しい技術を開発して、完全に昔のレベルに戻れるかというと、それは無理です。持っているものを工夫して何とか登っている。
だって100m9秒台で走っていたスプリンターが、足の指を切断したら、どんなにがんばっても9秒台には到達できないでしょう? 僕はそれぐらいがんばって山に登っていたと思うんです。切ってしまったら、どうあがいても絶対に到達できないレベルがある。
それと、ロッククライミングっていうのは、岩を鷲づかみにして、腕に乳酸がたまってパンパンになって、それでもがんばって次に手を伸ばし、垂直の壁を登っていく。それが気持ちいいんですよ。だけど、残念ながら僕にはもうその感覚がない。2本の指で引っかけている感覚で、それはロッククライミングとしてはあんまり気持ちよくない。そこは寂しいですね。
――過去のインタビューでは、家にいるよりも山にいるほうが100倍落ち着くとおっしゃっていましたけど、それは今も昔も変わらないですか。
日常生活をしている自分は本当の自分じゃないような感じで、山にいると落ち着くんです。僕は10歳のときから、記憶がすべて山に関することばかり。友達とどこかに何かを食べに行ったとか、旅行が楽しかったとか、普通の日常の記憶というのはあまりない。
その代わり、登山中の記憶はすごく鮮明なんです。そのとき使ったハーケンは何本、ロープは何mという道具のことから、右に行ったらオーバーハングがあったとか、ルートの詳細や岩の色まで、しっかりぜんぶ頭の中に残ってます。うちの奥さんに言わせると、他のことに頭を使ってないからだというんですけどね。メモリーを100パーセント山に使っちゃってるからだって(笑)。
つまり、山イコール人生なんでしょうね。山に行かないと生きていけない。素朴な言い方をすると、「山が生き甲斐」ということだと思います。