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羅紗陀vs.山本、一瞬のヒジ打ちに見た
“メジャー”では無いキックの価値観。 

text by

橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

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photograph bySusumu Nagao

posted2010/05/24 10:30

羅紗陀vs.山本、一瞬のヒジ打ちに見た“メジャー”では無いキックの価値観。<Number Web> photograph by Susumu Nagao

試合後半、山本元気(写真右)との距離を詰め、羅紗陀得意のヒジ打ちを連打し、勝ちを呼び込んだ

 5月9日に開催されたニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)・後楽園ホール大会のメインイベントは、その1週間前に行なわれたK-1 WORLD MAXライト級と対をなす試合だった。より正確に言うならK-1へのカウンター。K-1が軽量級イベントをスタートさせたことに対する、キック界からの“回答”がこの一戦だった。

 赤コーナー・羅紗陀(ラシャタ)は連盟のスーパーフェザー級王者。所属ジム会長の息子という血筋のよさもあってデビュー当時から将来を嘱望され、その期待通りに成長してきた21歳である。対する山本元気は、現在は解散した全日本キックボクシング連盟のフェザー級王座を戴冠するなど、常に第一線で闘ってきた32歳のベテランだ。破壊力に満ちたパンチからついた異名は“右の殺し屋”。多くの選手がK-1を目指し、あるいは参戦する中、二人の対戦は軽量級におけるキック界の切り札と言ってよかった。

巧みな伏線、そして鮮烈なフィニッシュ。

 試合は、伏線を張り合うことから始まった。羅紗陀は左ミドルを連打していく。腕を蹴ることで山本が得意とする右のパンチを殺し、同時にガードを下げさせるのがその狙いだ。山本はローキックで相手の動きを鈍らせながら、パンチと蹴りをボディに集める。やはりダメージを与えつつ、顔面のガードを開けさせようとする作戦だ。

 両者が繰り広げた闘いは、正面切っての倒し合いではなかった。だが、これはK-1にはない3分5ラウンド制の闘いである。後半に訪れるであろう“伏線の回収”を誰もが予感していた。それゆえ、緊張感は途切れない。

 先に試合を動かしたのは羅紗陀だった。右のガードが下がったところへ左ハイキックをヒット。山本もすぐさま呼応する。それまでのボディ攻撃の効果を確信したのか、一気にラッシュをかけたのだ。ロープ際まで後退する羅紗陀。

 しかし、それはさらなる伏線だった。

 山本が懐に飛び込んできた瞬間、羅紗陀のヒジ打ちがヒットする。眉の上を切り裂かれた山本は、ドクターに試合続行不可能を宣告された。3ラウンド2分59秒、TKO。ほんの一瞬の綻びを見逃さなかった、羅紗陀の勝利だった。

“K-1にはないもの”が凝縮された一戦。

 出血による決着は、一般的にはアクシデントだと思われがちだ。だが、ヒジ打ちで出血させるのはムエタイやキックボクシング特有の高等テクニックである。この世界において「切る」は「倒す」と同じ意味を持つ。またヒジ打ちは腕をたたんだ状態で繰り出すため、パンチの射程距離よりさらに近い間合いから攻撃することも可能だ。退屈とされるクリンチでさえ、ヒジの使い手の試合では“見せ場”となる。

 羅紗陀と山本という刺激的な組み合わせ、長丁場だからこその展開の妙、そしてヒジ打ちによる一瞬のフィニッシュ。この試合には、“K-1にはないもの”が凝縮されていた。

 もちろん、退屈なヒジありの試合もあれば、マニアを唸らせるヒジなしの試合もある。ルールばかりをことさらに意識するのは愚かなことだ。ただ、立ち技格闘技の基準はK-1だけではないということは言えるだろう。羅紗陀と山本が見せた緻密な攻防には、“メジャー”の秤では計測できない重さが確かにあったのだ。

羅紗陀
山本元気

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