野球善哉BACK NUMBER
センバツの主役は勝者だけにあらず。
準優勝の小倉監督は隠れた名将。
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2010/04/05 15:00
惜しくも優勝を逃した日大三ナインと小倉監督
興南・島袋を追い詰めた「甘い球を狙ってフルスイング」。
にもかかわらず、今大会の日大三打線は振れていた。1回戦の山形中央に始まり、様々なタイプの投手と対戦した、いわゆる「三高打線」はそれらを粉砕してきた。小倉は自らの指導方針をこう説明する。
「インコースを狙いながら甘く入って来た球を打てなかったら、勝負にならない。打てるバッターってのは、それができる選手。そういう考えの中で振らせる。練習では『そのスイングではダメ』とはあまり言わないようにしていますね。振らなくなるから。『今の良かったぞ、よく覚えておくんだ』と言ってやれば、選手はもう一本という気持ちになる。自信を持たせなければ」
決勝戦では大会No.1投手の呼び声高い興南・島袋に対しても、フルスイングは色あせなかった。相手のミスから2点を先制、3回裏には3番・平岩拓路が島袋のストレートを振り抜き、バックスクリーン右へ放り込んだ。2点を追う6回裏にも途中出場の主将・大塚和貴が、これまたストレートを狙い打って、スタンドイン。延長戦の末に敗れたが、相手エース島袋をして「(2本塁打を打たれたのは)記憶にない」と言わせたのは「甘い球を狙ってフルスイング」のスタイルが貫かれたからだ。
今大会ほど、監督が注目されたセンバツはない。
今大会ほど、指揮を執る監督が注目された年はなかった。開星・野々村直通監督の不適切発言に始まり、智弁和歌山・高嶋仁監督は監督通算勝利数最多記録の59勝を達成し、帝京・前田三夫監督は甲子園通算50勝を挙げた。初優勝の興南にしても、高校球界では無名だが選手として都市対抗日本一にも輝いた我喜屋(がきや)優監督の初載冠で話題である。
「自分は一度、クビになった男ですから」と小倉は自身のことをそういって笑う。関東一の監督時代にセンバツ準優勝を果たしながら、失職した過去を回想してのことだが、そこには遺恨も悔恨もない。彼自身の中にある人生経験として、大きく成長させてきたものである。
日大三がこの大会で見せた打撃は鮮烈だった。
しかし、悲しいのは彼らが準優勝で終わってしまったという現実である。
歴代の優勝校は言えても、準優勝校の名前が出てこないというのは高校野球に限らず勝負の世界の常である。過去どれだけ鮮烈な戦いを見せた準優勝校でも、その後に多くを語られることはない。
そのことが、何より悲しい。
昨秋都大会ベスト4に甘んじ、センバツ出場が当落線上だったチームを準優勝まで導いた小倉の手腕こそ、評価されるべきだと私は思う。