Column from EnglandBACK NUMBER
サッカー界を席巻する札束の力。
text by
原田公樹Koki Harada
photograph byAFLO
posted2007/01/18 00:00
「お金のためだけに行くんじゃない」とベッカムは繰り返した。「米国サッカーのレベルをもうひとつ上に引き上げたい」と…。でも年俸は60億円。レアル・マドリードでの年俸は12億円といわれているから、ロサンゼルス(LA)ギャラクシーでは、給与が5倍に跳ね上がる計算になる。一日で1646万円ナリ。これは米国4大スポーツの、どの選手よりも高い。
今季カペッロ監督の下で出番が極端に減っていたから、上手く転身を図ったように見えるが、給与の8割はサッカー以外の収入だと米国のメディアは報じている。「高額を稼ぐ=スーパースター」に仕立て上げ、広告価値を高めようとするPR戦略が透けて見える。しかもこの契約、ベッカムはレアルに無断で結んでいたことが公表された。とんだ裏切り者だったわけだ。
今年も1月に入って移籍市場が解禁となり、サッカー界がシャッフルされている。各メディアの情報が集約される24時間のスポーツニュース、スカイスポーツはまさに人間ドラマの実況中継だ。例えば朝、英国大衆紙の報道を受けて「サンダーランドのジョナサン・ステッドが出場機会を求めて移籍を希望」と報じれば、その直後には「シェフィールド・ユナイテッドがステッドの獲得に興味」とニュースが流れてくる。さらに数時間後には「シェフィールドUと75万ポンド(約1億7000万円)で合意」と続く。
何億ユーロだ、うんミリオンポンドだ、と景気のいいニュースばかりが飛び交うが、こちらの心を本当の意味で掴むのは、再チャレンジのための移籍だ。例えば中村俊輔の所属するセルティックのアラン・トンプソン。俊輔が移籍して来るまで200戦以上に出場していたが、この33歳のMFは、今季1試合も出番がなく、イングランド・チャンピオンシップ(2部)のリーズへ移籍した。選手生命は長くない。ユニホームを替えて最後の敗者復活戦にかけるトンプソンを応援したくなる。これぞプロスポーツの真髄だろう。
こんないい話もある。今季プレミアに昇格したワトフォードの21歳のFW、アシュリー・ヤングが、ウェストハムから700万ポンド(約16億円)のオファーを受けたが、本人が断ったのだ。ワトフォードのブースロイド監督が気持ちを代弁する。
記者「断ったんですか?」
ブースロイド監督「ああ、断った」
記者「700万ポンドですよ?」
ブースロイド監督「アシュ(リー)の心はここにあるんだ」
世界のサッカー界にはヒエラルキーがある。ピラミッド型の階級社会だ。各国のトップリーグがその頂点を占め、その内部も欧州チャンピオンズリーグの常連組、中堅、2部と行き来するエレベーターチームとさらに分かれる。そしてクラブの階級が変われば、給与も、クラブの施設も、宿泊するホテルの星の数も違う。
エレベーターチームに所属する俊足のU−21イングランド代表も、大成するためには、ピラミッドを上がって行かなくてはならない。今回のオファーはまたとないチャンスだったが、彼はこれを拒否したのだ。
ヤングはユース時代からワトフォードで育ってきた選手で、弟2人もワトフォードのユースチームに所属している。今季プレミアリーグに昇格したばかりで、レギュラーで試合に出場しているいまは、ワトフォードを離れるタイミングではない、と判断したらしい。「移籍金吊り上げのかけ引きではない」と地元記者も見ている。
ところが数日後、ヤングに対し、ウェストハムが新たに800万ポンド(約18億円)でオファーを出した。さらにアストンビラやトットナムも獲得に乗り出し、移籍金は約1000万ポンド(約23億円)まで高騰。ヤングはさすがに断りづらい状況へ追い込まれてしまった。いずれかのクラブへ移籍すれば、ヤング自身の年俸が格段に上がるだけでなく、ワトフォードも高額の移籍金が入るため潤うからだ。
クラブへの忠誠心や愛情を、お金の力で強引に断ち切らせようとする。いまやサッカー界は、そういう世界になってしまったようだ。