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「宗教戦争」から「市民戦争」へ。
中村俊輔の新たな挑戦。 

text by

田邊雅之

田邊雅之Masayuki Tanabe

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photograph byToru Morimoto

posted2009/07/16 11:30

「宗教戦争」から「市民戦争」へ。中村俊輔の新たな挑戦。<Number Web> photograph by Toru Morimoto

 横浜、東京、さいたま、千葉、静岡……。日本にも様々な「ダービー・マッチ」がある。Jリーグが開幕した頃はピンとこなかった人もいただろうが、今では単語もすっかり定着。サポーターも「ダービー」ならではの独特な熱気と雰囲気を愉しむようになった。

 しかし海外、たとえば欧州のダービーには、日本のダービーにはない味わいがある。それをもたらしているのは、試合に込められた文脈(コンテクスト)の豊かさだ。

 欧州では一つの市や町に複数のクラブがあるのがざらで、宗教、民族、階級などによりサポーターが微妙に線引きされているケースも多い。極端な場合には、政治的イデオロギーの違いに起因することさえある。これは日本で行なわれるダービーとの大きな差だ。

中村俊輔はダービー・マッチの伝道師!?

 もちろん欧州にも、特定の宗教や民族などの違いに因らないダービーが存在しないわけではない。だが総体的に見るならば、やはり興味をそそられるカードが多い。その点で中村俊輔などは、「ダービー」の面白さに触れるための格好の機会を提供してくれている。セルティック時代の「オールド・ファーム・ダービー(レンジャース戦)」や、エスパニョールの一員として臨む「カタルーニャ・ダービー(バルサ戦)」は、数多ある欧州のダービー・マッチの中でも、特に濃厚な味付けがなされているからだ。

セルティックvs.レンジャースは宗教戦争だった。

 まずは「オールド・ファーム・ダービー」。この対戦にゴシックの如き重々しさと、火が出るような激しさを加えているのは、カソリック(セルティック)対プロテスタント(レンジャース)という「宗教」である。宗派の違いはセルティック=カソリック系のアイルランド共和国移民、レンジャース=プロテスタント系のグラスゴー市民と北アイルランド移民という支持基盤の相違や、政治的な信条の違い(セルティック=イギリスからの分離独立を目指すナショナリスト、レンジャース=イギリス連邦への忠誠心が強いユニオニスト)にまで通底している。

 たしかに双方のクラブは、宗派や党派の垣根を低くするために相応の努力もしてきた。また時代の変化と共に、選手の多国籍化やクラブ経営の近代化も進んでいる。中村俊輔がセルティックに招かれたことなどは、新たな流れを示す一例だといえるだろう。

 しかしカソリック対プロテスタントという枠組みは、今日も残り続けている。現に10年ほど前までは「宗教戦争」といっても過言ではないような事件まで起きていた。

 特に’90年代中盤は、レンジャースのサポーターがセルティックのサポーターを刺殺する陰惨な事件が頻発。これはライバルチーム同士の暴力沙汰やフーリガニズムとは本質的に異なり、カソリックとプロテスタントの対抗意識や、独立派と連邦派という政治的な信条の対立に根を持つものだと報じられた。

初ゴールに込められていた、異様なほどの闘争意識。

 だが幸か不幸か、日本から中村俊輔を通して眺めている限りは、セルティックをとりまく宗教的な背景は目に映りにくかった。もっぱら関心が払われたのは彼のプレーであり、クラブそのものに関しても、ケルトに由来する名前と四つ葉の紋章、情熱的でありながら、実にフレンドリーで陽気なサポーターの姿などがクローズアップされたに過ぎない。

 しかし中村俊輔は、ブリテン島全体をとってみても、異例なほど宗教色の濃い世界に身を置いていた。だからこそ「聖戦」で決めた初ゴール(2008年4月)は、マンU戦のFKに並ぶ「金字塔」として、現地サポーターの間で語り継がれているのである。

【次ページ】 来シーズン、中村俊輔は“政争”の渦中に身を置く。

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