カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:イングランド「日本だけがダメなのか?」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2008/05/07 00:00
マンチェスターとロンドンに、CL準決勝を観戦に行った。
分かっていたことではあるが、イングランドは寒かった。
しかし、“フトコロ事情”は日本の方が寒いわけで……。
マンチェスター空港到着。とりあえず一服しようと空港ビルの外に出た。
予想はしていた。東京や、先日までいた北京より寒いんだろうなーとは。でも、口から吐き出した息が、いきなり真っ白になる様子に出くわすと、ヒンヤリした気持ちになる。いま東京が秋で、マンチェスターで一足お先に冬の気分を味わったのなら、季節を先取りした優越感にも浸れるだろうが、これはその逆。タカラの人生ゲームで、後ろのマスに戻されてしまうのと似た気分だ。
そういえば、5月21日に行われるチャンピオンズリーグ決勝の舞台はモスクワだ。マンチェスターの季節が1コマ後ろなら、2、3コマは戻されるような場所だ。行きたいような、行きたくないような複雑な心境になる。
とはいえ、マンチェスターも捨てたものではない。真っ白な息がブレイクしていくその先に目をやると、空に浮かぶまだら模様の雲が、光とともに清涼感たっぷりの爽快な絵として目に飛び込んでくる。少なくとも、空気の悪い北京ではまず拝めないであろう空だ。東京だって、年にそう何度もお目にかかれるものではない。
ゴルフの全英オープンは、マンチェスターからそう遠くないリンクスで行われるが、その中継で、テレビ画面越しに覗く鈍い空と似ているといえば、ゴルフファンにはお分かりいただけるかも知れない。鈍い色のちょっと寂しい空なんだけれど、妙にホッとさせられる空。
チャンピオンズリーグ準決勝、マンU対バルサ戦も、そんな空の下で行われた。キックオフは現地時間の夜7時45分。それでも空は闇に覆われていない。薄暮というヤツだ。サッカーシーズンの深まりを伝える空である。これから夏至にかけて、日没はますます遅くなる。イングランドに限らず、欧州大陸の北方は、22時でもまだ明るい光に覆われる。
オーストリアとスイスで、まさに夏至を挟んで行われるユーロは、そうした意味でも楽しみな大会だ。日の長い欧州の独特な夏を、風光明媚なアルプスの麓で過ごすことができるわけだ。今回のユーロは、サッカー馬鹿でなくても、実際に行ってみる価値はある。あちこちで絶景が堪能できること請け合いだ。ヒマとお金がある人はぜひユーロへ!
マンチェスターでマンU対バルサ戦を見た翌日、ロンドンに飛んだ。機内で配られたタブロイド紙で、前日の試合の記事をチェックすれば、パク・チソンに下された採点はなんと9。試合に出場した全選手の中で、最高の点をマークしていた。あっぱれ! である。
BA機で到着したロンドンヒースロー空港のターミナル5は、3月下旬にオープンしたばかりのピカピカの建物である。空港とスタジアムは、機能性と快適性が問われる巨大な施設という点で一致する。良い空港と良いスタジアムには共通点がある。僕はそう思っているので空港を、ついスタジアム評論家的な視線でチェックしようとする癖がある。
採点は8.5。9にするとパク・チソンと同じになってしまうので、敢えて0.5ポイント下げてみることにしたい。イングランドのスタジアムや、従来の空港にありがちな、変な窮屈感がない、開放感に溢れるモダンなターミナルだと思う。
空港の話を続ければ、北京の空港も新ターミナルが完成した。先日、僕が訪れたとき使用したのは古いターミナルだったので、出来映えについて評論することはできないが、それと同じ土俵で論じることができる、五輪の各競技施設は素晴らしかった。南青山のプラダや、バーゼル、ミュンヘンのスタジアムを設計したことで知られるヘルツォーク&ド・ムーロンが設計したメインスタジアム、並びに水泳会場などは、思わず「9」と言いたくなる、超先進的な見事な造りになっている。
で、北京の次はロンドン五輪だ。新ターミナルのオープンとどう関係しているか知らないが、北京やロンドンを訪れると、景気の良さそうな匂いがプンプンする。どう見ても景気の悪い日本からやってくると、羨ましいと言うより、胸が締め付けられる感じだ。
北京五輪期間中のホテル料金の相場は、定価の7、8倍もする。普段4千円で泊まれる三つ星が、期間中には3万円前後に跳ね上がる。その4年後、ポンド高のロンドンに北京と同じことをやられたらたまらない。ロンドンの三つ星には、どんなボロでも1万5千円以下はあり得ない。北京五輪には、それでも行くつもりでいるが、ロンドン五輪はまっぴらゴメンだ。それは僕だけの問題ではない。イギリス人以外にすべて共通する悩みだと思う。チャンピオンズリーグでプレミア勢が好調な原因も、そのあたりと深い関係がある。
前日、マンUがバルサに勝ったため、この日、チェルシーが勝とうがリバプールが勝とうが、決勝はプレミア勢同士の戦いになることが確定した。イングランド人にとってはめでたい話だが、他国の人にとっては、ポンド高を見せつけられているようで、あまり面白く映らない。地下鉄の初乗りが6百数十円だったり、煙草が1000円以上もしたり、チャーハンとスープで、3千5百円もする国には、どう太刀打ちしても敵わない。
いや、いや、そういえばスイスも高いのでした。一食5千円は覚悟する必要があるとんでもない国で、今回のユーロは行われる。皆さんもぜひどうぞ、なんて言うべきではなかったか。チャンピオンズファイナルが行われるモスクワもひどいらしい。当日のホテルに3万円以下はないんだそうだ。
つまり、ダメなのは日本だけという話なのか。みみっちいことを言っているのは、僕だけなのか。日本経済の具合の悪さは、海外に出るとよく分かる。
というわけで、折から降り出した激しい雨に背中を丸めるようにして、僕はバブルの聖地「スタンフォード・ブリッジ」に向かった。それでも、欧州サッカーは楽しからずやなのだけれど……。