俊輔inグラスゴーBACK NUMBER
名門の傲慢、スコティッシュ・フットボールの矜持。
text by
鈴木直文Naofumi Suzuki
photograph byAFLO
posted2007/02/08 00:00
グラスゴーの街を2分するセルティックとレンジャーズが、対照的な2007年を迎えた。レンジャーズが大嵐なら、セルティックは良くも悪くも無風状態にある。
レンジャーズに吹き荒れた嵐とは、今シーズン始めに喝采を以って迎えられたはずのポール・ル・グエンが新年早々辞任したことである。原因は、成績不振よりもむしろ文化摩擦にあった。ヨーロッパでもトップレベルの実績を引っ提げてやってきたル・グエンは、フランス流のオシャレなフットボールで低迷する名門レンジャーズを再建しようとした。しかし彼が直面したのは、執拗なまでのスコットランド流フットボールからの抵抗だった。文化摩擦は、ピッチの上に止まらなかった。ル・グエンが最も我慢ならなかったと言われるのが、スコティッシュ・フットボールに蔓延る酒飲み文化である。昨年末には、監督の反対を尻目にキャプテンのバリー・ファーガソンの音頭で選手たちが試合前日にもかかわらずクリスマス・パーティーを敢行。これが引き金となって、ル・グエンはミスター・レンジャーズとも言うべきファーガソンからアームバンドを剥奪した。これがメディアを巻き込んだ大論争を呼び、結局「余所者」たるル・グエンが身を引く形で収拾をつけるしかなかった。
ル・グエンにしてみれば、忸怩たる思いがあったろう。フランス国内のみならず、CLでも実績を残した彼にとって、名門とはいえ一小国の1.5流リーグのクラブに欧州最先端のフットボールとは何たるかを教えてやろうという思いがあったに違いない。ところが、スコットランド人の矜持は、長い歴史の中で培った自らのスタイルを変えることを頑なに拒んだ。このことは、「レンジャーズのようなビッグクラブの監督をする意味を理解していなかった」というようなサポーターの意見にも現れている。レンジャーズとリヨン。傍から見ればどちらが今のサッカー界で「ビッグ」かは、一目瞭然だろうに。
名門を自任するゆえの傲慢は、後任監督選びにも現れた。こともあろうに、前回のW杯予選で不振のどん底にあったスコットランド代表に命を吹き込み現在ユーロ予選の死のグループのトップに押し上げたウォルター・スミス監督と、そのアシスタントでレンジャーズ史上最多得点を誇るアリー・マコイストを引き抜いてしまったのである。もっと理解し難いのは、この人事に異を唱える人がむしろ少数派であったことである。クラブの方が代表より重い、という発想である。90年代の9連覇時代の監督で生粋のレンジャーズマンであるスミス自身がさっさとクラブを取ってしまったことが事態を象徴している。スミス監督は、早速1月の移籍市場でル・グエンを慕って集まったフランス人選手たちを放出する一方で、スコットランド代表で気心の知れた選手たちを次々と獲得しスコットランド流のスタイルへと回帰しようとしている。
対して、セルティックの1月は、いい意味でも悪い意味でも、ほぼ無風のまま過ぎていった。年末年始の連戦で調子を落しつつも、1月終わりの時点で2位レンジャーズに19ポイント差で悠然と首位を維持している。セルティック・ファンはさぞかし喜んでいるかと思えば、そういうわけでもない。実のところ、セルティック・パークが満員にならない試合が続いている。優勝は事実上決まったようなものだし、勝つには勝っても試合がつまらないからだ。その上、CLのミラン戦に向けた補強も、思うように進まなかった。象徴的には、アーセナルからフォーカックに期限付きで移籍してきてSPLの得点ランキングのトップを走っていた18歳のアンソニー・ストークスが、セルティックを蹴ってイングランドでプレミア昇格も危ういサンダーランドに移籍して行ってしまったことが挙げられる。CL出場、6万の大観衆、クラブの伝統。財政面の劣勢を覆すためにセルティックが用いるロジックには、レンジャーズの場合と同様のプライドが見え隠れする。が、アイルランド人のストークスをもってしてもイングランドの下部リーグを選んでしまう事実が、SPLのリーグとしての位置づけを如実に示している。
そんな中、中村俊輔個人の評価は、ますます確かなものになっている。今やSPLで最高の選手だという声すらある。その彼は、小国の片意地とも見えるスコットランド人の強烈な自負に、少なからず感銘を受けている様子である。中村曰く、SPLのチームは、セルティックが相手でも、セリエAでレッジーナがしたように守りだけを固めるということがない。頑なに4-4-2のスタイルを崩さず、打って出る。観ている側もそれを求めている。決して(例えばバルセロナのように)美しくスペクタクルなサッカーを志向しているというわけではない。が、フットボールはアグレッシブでダイレクトでなければならない、という見方が、この国のサッカー・ファンの間に隈なく浸透している。こうしたスコティッシュ・フットボール界の伝統と矜持こそ、中村がこの2年近く圧倒的なテクニックで魅了しつつ、他方で「でもね…」とフィジカル面での物足りなさを口にするファンがいなくならない所以なのである。