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阿部勇樹をアベちゃんと
呼びたくなる一冊。
~『泣いた日』の意外な内容~
text by
松波太郎Taro Matsunami
photograph bySports Graphic Number
posted2011/07/18 08:00
『泣いた日』 阿部勇樹著 KKベストセラーズ 1333円+税
阿部勇樹は、わたしにとって“エリート”という印象があります。高校サッカーではなく、ジェフ市原のユース出身。当時のJ1最年少出場記録(16歳333日)をもち、どのポジションでもそつなくこなせ、ロングキックは一級品。顔も男前ときています。
しかし『泣いた日』を一読して、遠い存在にかんじていた阿部が、いっきに近づいたような気がしました。
〈僕は高校時代の持久走でも疲れていると「もう無理」と言ってすぐにあきらめてしまうタイプだった。なにかに挑戦するのは嫌いではないけれど、もし結果がダメだったときのことを考えたら、最初から無理だと思っていたほうが自分のダメージも少ない〉
本書の阿部勇樹は、華やかな“阿部勇樹”とは一線を画しています。2007年のイビチャ・オシムの卒倒から話がはじまるように、自身の過去の栄光についてはおさえられ、思い出す記憶は大半がネガティブなエピソードです。
アスリートに勇気や希望をあたえたくなってしまう一冊。
この点において、他のアスリート本にありがちな、読者を勇気づける類とはちがいます。逆に読者のほうがアスリートに勇気や希望をあたえたくなってしまうのです。
中でも、さまざまな転機をあたえてくれた恩師・オシムの卒倒を耳にしたときのかれの反応には、痛々しいものがあります。自分のせいでオシムが倒れたのだと考えるのです。
2007年アジアカップ準決勝のサウジアラビア戦で自分がミスをおかしたことで、日本は三連覇を逸し、オシムは脳梗塞をひきおこしてしまった――それがどれだけ大事な試合だったかが、オシムとの出会いの日付にまでさかのぼって語られていきます。けっして負けてはいけない試合だった。もう取り返しのつかないサウジ戦でのミスをなんども思いかえし、阿部はいつかオシムに直接謝ろうと考えるようになります。
ところが、退院したオシムと再会する機会が用意されているというのに、阿部は本人を目の前にして肝心の謝罪をなかなか切りだせません。このあたりにも、わたしはしぜんと親近感をかんじてしまいました。