メディアウオッチングBACK NUMBER
阿部勇樹をアベちゃんと
呼びたくなる一冊。
~『泣いた日』の意外な内容~
text by
松波太郎Taro Matsunami
photograph bySports Graphic Number
posted2011/07/18 08:00
『泣いた日』 阿部勇樹著 KKベストセラーズ 1333円+税
家族や祖母井秀隆、オシムなど5人の声がつらなる構造。
結局、オシムに言いたかったことを直接言うことはできず、退室後、見送りにきてくれた「通訳の千田さん」に伝言を頼んでしまいます。このシーンを読んで、わたしは無意識にこうつぶやきました。
「あれ、阿部もヘタレなのかも?」
“も”というのは、もちろん自分を重ねあわせてのことです。
本書は、ともすると“泣き虫”阿部のひとり言になりかねないところを、多音声構造が救っています。つまり、阿部ひとりの声だけではなく、家族や祖母井秀隆、オシムなど5人の声が有機的につらなっているのです。
そのため、阿部のこういった心配にたいして当のオシムはどう思っているのだろう、といった素朴な疑問にも、「イビチャ・オシムの章」がきちんと解答を準備している、謎解きめいた楽しい構造となっているのです。オシムは、かれらしいことばでこう語ります。
〈あの敗戦と病気との直接の関係はない。そんなことで悩むくらいなら、サッカー選手でなく医者にでもなったらどうか〉
“阿部勇樹”をエリート、いわば欠点のないロボットのように考えていたわたしにとって、本書の内容は意外なものでした。まったく面識はないのですが、明日から“アベちゃん”と呼びたくなるような、そんな一冊です。