MLB Column from USABACK NUMBER
MLBホームラン数激減の理由は?
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGetty Images/AFLO
posted2008/06/03 00:00
シーズンも3分の1が終了したが、今季はホームラン数が激減、筋肉増強剤の使用が減ったのではないかと、関係者の注目を集めている。
メジャーで筋肉増強剤の使用が蔓延し始めたのは、1990年代中頃からと考えられているが、「1試合当たり本塁打数」が「ステロイド時代」の指標となりうることは、今年初めの本欄で述べたとおりだ。たとえば、1959年から2008年(ただし、今季は5月31日終了時点まで)まで50年間の1試合当たり本塁打数の平均は1.81本であるが、ステロイド時代の始まりと考えられる1994年以降昨年まで、1試合当たり本塁打数は14年連続で2本を超え続けた。しかし、今季は、3分の1が終了した時点で、1試合当たり本塁打数は1.86本と、歴史的には「平年並み」といえるレベルまで低下しているのである(1試合当たりの本塁打数が史上最高となったのは2000年の2.34本だったが、今季は、ピーク時との比較で20%、2年前の2006年(2.22本)との比較で16%の減少となっている)。
では、なぜ、本塁打数が激減するほど薬剤使用が減ったかだが、その理由として真っ先に挙げなければならないのが昨年12月に公表された「ミッチェル報告」の影響だ。同報告では、90人の選手が「汚染」選手と名指しされたが、ほとんどの場合、「汚染」の根拠は、薬剤検査が陽性に出たという「直接」証拠ではなく、薬剤取引にまつわる金銭のやりとりなどの「間接」証拠に基づくものだった。さらに、今年4月にブレーブズ傘下のトリプルA選手ジョーダン・シェイファーが薬剤検査の結果ではなく、ミッチェル報告の勧告に従って新設されたMLB薬剤調査部門の調査結果に基づいて50試合出場停止処分を科されるなど、薬剤を使用してきた選手にとって、「検査さえすり抜ければ大丈夫」というこれまでのやり方が通用しなくなっているのである(たとえば、シェイファーは、尿検査では検出できないヒト成長ホルモン使用の廉(かど)で処分されたが、調査開始のきっかけは、内部関係者による「通報(つまり密告)」だったとされている)。
さらに、「ミッチェル報告」と並んで薬剤使用に大きな抑止効果を上げたとされているのが、米司法当局の強い姿勢だ。ミッチェル報告で「汚染」選手と名指しされたロジャー・クレメンスが議会での偽証容疑でFBIの捜査対象となっていることは本欄でも紹介してきたとおりだが、いま、FBIがMLBの薬剤汚染について捜査対象選手を広げる意向といわれ、注目されている。というのも、司法当局は、バリー・ボンズが関わったバルコ社による薬剤供与事件の捜査過程で、2003年のステロイド検査(MLBとして本格的な検査を導入するかどうかを決めるために行われた予備検査。検査結果は公表しないという選手組合との取り決めの下に実施された)で陽性となった選手104人の名を把握、これらの選手に薬剤入手経路を問い質す方針を決めたとされているからである。
いまのところ、選手が薬剤を使用したこと自体を罪に問う可能性はないと見られているが、捜査に協力しなかったり嘘をついたりした場合、「司法妨害罪」や「偽証罪」に問われる危険があり、「身に覚えのある」104人の選手にとっては、枕を高くして眠れない事態となっているのである(実際、ボンズの場合も、訴追事由は薬剤の違法使用ではなく、偽証罪と司法妨害罪だった)。
今季の場合、これまでの実績からは考えられないほど数字が悪くなっている選手が多数目に付くが、「薬の使用を止めたのはどの選手か」と推測を巡らすのも、一興といえば一興だろう。