MLB Column from USABACK NUMBER
ワイルドカード、ロッキーズ
「未完」のサヨナラ・ホームイン
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGetty Images/AFLO
posted2007/10/09 00:00
今季も、興奮のうちに、レギュラーシーズンが終わった。特に、ナショナル・リーグでは、最初にカブスとダイアモンドバックスがプレーオフ進出を決めたのがレギュラーシーズン終了の2日前と、最後の最後まで緊迫したペナントレースが続いた。
シーズン終了予定日の翌日、パドレス相手の「ワイルドカード決定戦」でプレーオフ出場を決めたのがロッキーズだった。決定戦も含めてシーズン最後の15試合を14勝1敗と、「奇跡的」といってもいい快進撃で勝ちまくり、1995年以来12年ぶりのポストシーズン進出を果たしたのだった。
ロッキーズの劇的なシーズンを象徴するかのように、パドレス相手にワイルドカードの座を争った決定戦も、延長13回までもつれる劇的な展開となった。しかも、パドレスは、「サイヤング賞受賞確実」の呼び声が高い、エース、ジェイク・ピービー(19勝6敗、防御率2.36)の先発、戦前の予想は「パドレスが圧倒的に有利」とするものがほとんどだった。
しかし、ロッキーズは、「絶対不利」の予想をあざ笑うかのようにピービーを打ち込み、10安打2本塁打で6点を奪うことに成功した。一方、パドレスも、エイドリアン・ゴンザレスの満塁本塁打などで6点を上げ、試合は延長戦へともつれ込んだ。
両軍救援陣の好投で膠着状態が続いた後の13回表、パドレスは、スコット・ヘアストンの2点本塁打でリードを奪った。その裏、史上最多セーブ記録の持ち主、トレバー・ホフマンがマウンドに上がった時点で、勝負は終わったかに見えた。今季ここまで、ホフマンは、5試合(5イニング)1安打無失点と、ロッキーズを完璧に押さえ込んでいたからである。
しかし、13回裏、先頭打者の松井稼頭央が2塁打で口火を切ると、トロイ・トゥロウィツキー(今季新人王の最有力候補)が2塁打、マット・ホリデー(今季MVPの最有力候補)が3塁打で続き、ロッキーズは8対8の同点に追いついた。なおも無死三塁の場面で、ジェイミー・キャロルが右翼に「犠牲」ライナー、ホリデーが「ホームイン」してロッキーズのサヨナラ勝ちとなったのだった。
しかし、このプレイの再現ビデオは、ヘッドスライディングで本塁に突入したホリデーの手が、パドレスの捕手マイク・バレットのブロックで阻まれ、本塁には触っていないことを示していた。通常、触塁していないことは走者が一番よく知っているので、本塁に戻って再触塁を試みるものだが、ホリデーの場合、スライディングの際に起こした脳振盪のせいで半ば失神状態、なすすべもなく横たわっていたのだった。
というわけで、本当は、ホームインは完了していなかったのだが、球審のティム・マクルランドが「セーフ」と宣したおかげで、ロッキーズのサヨナラ勝ちが成立したのである。一方、パドレスも、一切抗議せず、潔く負けを認めたために、判定を巡って試合「終了後」も抗議が続くという見苦しい事態が出来することなく、レギュラーシーズンが終了したのだった。
ホリデーの「未完」のホームインを見ながら、私が思い出していたのは、1976年ア・リーグ選手権(第6戦)でヤンキースの優勝を決めた、クリス・チャンブリスのサヨナラ本塁打である。本塁打が飛び出した途端、興奮した観客がグラウンドになだれ込むという大混乱の中、チャンブリスは、群がるファンをかき分けながら「ホームイン」すると、そのまま全力疾走でダグアウトに逃げ込んだ。「熱狂したファンに何をされるかわからない」という恐怖のせいで、「自分の本塁打で試合に勝った」という喜びに浸る余裕などなかったからである。
実は、チャンブリスがホームに着いたとき、ホームベースは観客の手で奪われたあとで、ホームインしたくとも、肝心の、触塁すべき「ベース」そのものが存在しなかったのだった。祝勝会が終わった後、チャンブリスは人気のないグラウンドに戻ると、「未完」のホームインを完了させるべく、ホームベースの辺りで何度もホームインの仕草を繰り返して飛び跳ねたという。