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監督不在という異常事態はなぜ起こったか。 

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海老沢泰久

海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa

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photograph byHideki Sugiyama

posted2004/08/11 00:00

監督不在という異常事態はなぜ起こったか。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

 オリンピックの野球代表が、監督なしで戦いに臨む。陸上や水泳といった個人競技の場合でも全体を束ねる監督がいるのに、それがもっとも不可欠な団体競技で監督がいないというのは、前代未聞のことなのではあるまいか。

 すべては、野球協約にはオリンピックのことなど書いていないとか、昨今のオリンピックは商業主義で金まみれだといって、シドニーオリンピックへのプロ選手参加に反対したジャイアンツのオーナーが、ガラリと態度をかえたのがはじまりだった。

「アテネオリンピックには協力する。オリンピックはアマという認識は、国際的に崩れてしまっている。一カ月公式戦を中断すればエースも出せる。おれのところもトップ選手を出す。二、三人出してもいい」

 それに応えて、盟友の日本テレビ会長はこういった。

「アテネオリンピックの監督は長嶋監督がいい。ペナントレースを一カ月くらい休みことになるだろうから、支障はない。オールスター戦の監督のように、そのあいだにやればいい」

 まだ長嶋氏がジャイアンツの監督をつとめていた2001年の1月のことだが、そのシーズン後にジャイアンツの監督をやめると、事態は彼らのいったとおりに運び、長嶋氏が正式に代表の監督になったのだった。

 それから去年のアジア地区予選までは順風満帆だった。長嶋氏は期待どおりに他の誰にも真似のできないカリスマ性を発揮して選手たちをひきつけ、選手たちもその長嶋氏をよろこばせようとして、圧倒的な強さで予選を突破したのである。あのときは、これならアテネでも優勝するのではないかと思ったほどだった。

 だが、今年の3月にその長嶋氏が脳梗塞で倒れてしまった。

 ぼくがその直後にきいたところでは、その病状は非常に深刻で、とてもアテネで指揮をとれるような状態ではないということだった。しかし、代表編成委員会の長船委員長(プロ選手で編成される代表の編成委員会の長に、なぜ東京六大学の事務局長が就任しているのか、ぼくはいまだに分からない)は、長嶋氏を代表監督から外すことはありえないといいつづけた。深刻な病状に苦しんでいる長嶋氏をよそに、どうしてそういうバカなことをいいつづけたのか知らないが、大方の見るところ、長嶋氏以外の人物を監督にしたのでは、長嶋監督ということでチームスポンサーになった企業の機嫌をそこねるということだったらしい。あるいは、テレビの視聴率なども気になったのかもしれない。オリンピックを商業主義で金まみれだといったのは誰だったのだろう。

 しかし、やはり長嶋氏はアテネで指揮をとることができないことが分かり、本番直前の8月2日に、中畑ヘッドコーチがコーチの肩書きのまま、かわりに指揮をとることが発表されたのだった。体のいい茶番劇としかいいようがないが、するとこんどはその茶番に茶番を重ねるように、アテネのベンチに背番号3のユニフォームを飾るとか、ベンチから電話で長嶋氏に指揮をあおぐというような商業主義を隠すためのなんともセンチメンタルな話が流され始めた。どこまで長嶋氏を利用したら気がすむのか知らないが、その人気を骨までしゃぶりつくそうというのだろう。

 だが、その結果、選手たちは日本を代表する戦いに監督なしで臨むことになったのである。野球というのはそれでも勝てるほど甘いスポーツなのだろうか。そうだというなら何もいうことはないが、ぼくは勝つという責任を押しつけられた選手たちのために、ギリシャの神々の御加護があらんことを願わずにはいられない。

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