カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:バルセロナ(スペイン)「フィーゴ対9万8000人」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2004/11/25 00:00
スペインで最も重要な舞台の主役は、
2人のポルトガル人が演じることになった。
特に光ったのはベテランの名演技だ。
バルサ対マドリー。
バルサのボールの奪い方がなんと言っても秀逸だったのだけれど、この際、チーム戦術はさておき、個人に目を向ければ、ロナウジーニョはもちろん凄かった。エトーもアフリカンの魅力をいかんなく発揮した。全治6週間の怪我を負ったラーションは少し痛々しかったけれど、プジョルもファンブロンクホルストも抜群に輝いていた。そしてデコ。バルサではこの選手が最も印象に残る。巧い。巧すぎる。密集地帯に果敢に潜り込んでいくセンスだけでも大したものなのに、そこでも彼は360度の視野を完璧に維持している。凄い。凄すぎる。抜け目ないとはこのことだ。いままで僕は、何万というサッカー選手を見てきたけれど、こんな異才を見るのは初めて。現在、世界最高のMFであるとここに僕が断言しよう。
しかし、今回の「クラシコ」で僕が一番感激した選手はデコではない。レアル・マドリーの背番号10にこそ、クラシコの真髄を見た気がした。バルセロニスタは、彼がボールを持つたびに大ブーイングを浴びせかけた。よくぞ、飽きもせずここまで反発できるなと感心するほど、カンプノウは毎度、口笛の嵐に見舞われた。もうあれから3シーズンが経過しているというのに、だ。豚の頭がフィーゴめがけて投げ込まれたその時も、僕はカンプノウにいた。
試合は中断された。選手はロッカールームに引き上げるように促された。カンプノウは半狂乱の場と化していた。だが、騒動の張本人であるフィーゴだけは、退場を渋った。ピッチの中央に一人残り、ボールリフティングを続けた。僕には、カンプノウのバルセロニスタに、逆に挑戦状を叩きつけているように見えた。対決の構図は1人対9万8000人。だが、その戦いは互角、いやフィーゴが数段優勢に見えた。なんと言っても彼は、ピッチの上に数分間たった1人で立っていたのだ。その度胸はいったいどこから来るのか、ひどく感激した記憶がある。
フィーゴは好調だった。立ち上がりから右ウイングの位置に張り、ブーイングの嵐の中、ファンブロンクホルストに1対1を挑んだ。けっして逃げのパスは出さなかった。1対9万8000に好んでチャレンジしている様子だった。タッチライン際で、かすかにワンタッチしたために相手ボールのスローインになれば、ボールをピッチに叩きつけて悔しがった。怪我を負い、主審から、タッチラインの外に下がって手当をするように命じられると、不服そうな顔をつくり、あえてゆっくり歩いて引き下がった。9万8000人からブーイングを浴びても屁とも思わぬ素振りを見せつけた。そして試合の決まった後半45分には、ご丁寧にシュートまで見舞っている。マドリーで最も闘争本能に満ちていた男、それがフィーゴだった。僕がフィーゴだったら……。そう考えると、フィーゴが滅茶苦茶格好良く見えた。
変わり者、へそ曲がり、恥知らず。その程度なら、そのまんまなので、お安いご用なのだけれど、フィーゴの真似は無理。チャレンジしてみたい気持ちは大いにあるけれど、でもやっぱり無理だろう。気が付けば、へらへらと愛嬌を振り撒いているに違いない。彼と僕では肝っ玉の大きさが違うのだ。偉大だ。尊敬せずにはいられない。
バルセロニスタの中にも、僕と同じような印象を持った人もいるはずだ。いまは口が裂けても言えないが、例えば、20年後、フィーゴをこっそり褒める老人がいたとしても不思議はない。
フィーゴは今年でマドリーを去るという噂が、まことしやかに囁かれている。となれば、カンプノウのクラシコに出場するフィーゴは、今回が見納めだったという話になる。
それでは、寂しいし、つまらない。ならばいっそのこと、バルサのポルトガル人がもういちどマドリーへ移籍することを、下世話な日本人は、期待してやまない。フィーゴの後継者はデコ、なんてね。
冗談はともかく、デコも凄いし、フィーゴも凄い。スペインの都市戦争の主役を、長年スペインから虐げられてきたポルトガル人が張った点は、何とも皮肉だし、愉快だ。ポルトガル人はこのクラシコをどんな目で見ていたのか。イベリア半島の混沌とした対決の構図が、僕の目にはとても興味深く見える。