野ボール横丁BACK NUMBER
斎藤佑樹の覚悟と苦悩。
プロへ向けての更なるレベルアップ。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byTamon Matsuzono
posted2009/09/24 12:40
勝つだけでは物足らない。究極の投球術を目指して……。
この秋、卒業までラスト3シーズンを迎え、斎藤はこう語っていた。
「これまでは勝つことだけを考えていた。これからは勝ちながら、レベルアップも考えていきたい」
明らかにプロ入りを意識した言葉だった。
しかし、それこそが斎藤にとっては実に難しいことなのだ。
斎藤は、相手と自分の力量を秤にかけ、戦うタイプだ。相手が5の力しかないのなら、6から7。相手が8の力を持っているのなら、9から10。打者が速い球を生かして遠くへ飛ばすように、斎藤も相手が強くなればなるほどその「反発力」を生かして自分もさらにいいボールを投げるようなところがあった。そのような絶妙な加減ができるからこそ、'06年の夏の甲子園で驚異的なスタミナを発揮することができたのだ。
つまり、レベルアップできるかできないかは相手次第ということなのだ。
斎藤の大学での不幸は、入学直後、いきなり勝ててしまったことにあった。しかも万全ではないのに。これでいいのかと、斎藤の体が判断してしまったとしても不思議ではない。だから、成長できない。手を抜いているというよりは、相手に合わせてしまうのだ。それは斎藤の投手としての嗅覚の鋭さゆえのことでもあった。
是が非でも取り戻したい「高校時代の直球」。
斎藤は今季もそれなりに勝つだろう。なにせ、投球がうまい。東大の監督である中西正樹は試合後、こう話していた。
「ここ最近はああいう感じ。うちにはうちなりに勝てるピッチングをしてくる。爽快な感じは与えないピッチャーですけどね」
この表現は、大学生になってからの斎藤の投球スタイルを象徴している。
高校時代とのもっとも大きな違いは、フォークのように大きく落ちるツーシームを会得したことだ。この「魔球」を覚え、ある面、勝つためにそれに頼るようになっていた。一方で高校時代のように真っ直ぐで押すシーンはすっかり影を潜めた。
だが、今の斎藤が目指すところは、もはや勝利だけではない。
東大戦のときの斎藤は、ツーシームをほとんど使わず、9割方、真っ直ぐとスライダーで勝負していた。高校時代と同じスタイルだ。「ツーシームは調子が悪かったので」と釈明していたが、ツーシームを封印することで、高校時代の真っ直ぐを取り戻したいという思いもあったのだろう。
ただし、東大戦では、それでも通じた。問題は今週末にある次節、優勝候補の一角である明大戦でも同じスタイルが貫けるのかどうかだ。ツーシームに頼らざるをえない場面が出てくるに違いない。そこでも、あえて真っ直ぐとスライダーだけで挑んでいけるのかどうか。
そこでひとつ、「野球から逃げたくない」と誓った斎藤の未来が見える。