セリエA コンフィデンシャルBACK NUMBER

トッティの悲劇。 

text by

酒巻陽子

酒巻陽子Yoko Sakamaki

PROFILE

photograph byAFLO

posted2006/03/02 00:00

トッティの悲劇。<Number Web> photograph by AFLO

 2月19日、エンポリ戦の前半7分、イタリア代表でローマの主将、フランチェスコ・トッティが左足首のひ骨骨折とじん帯を損傷する大ケガを被った。90度外側に開いたまま「動く」という機能が完全に麻痺した足はもちろん、激痛で顔をゆがめながらも冷静さを欠かさないトッティの振る舞いが、見るものによりいっそう衝撃を与えた。

 転倒した瞬間、指揮官に自ら交代を要求する。事の重大さを知りながらも主将としての責務を優先し、チームの新記録である10連勝を達成するためチームメイトを動揺させないように、ピッチに長居することを極力拒んだのだった。

 悲劇から3分後、試合は何事もなかったように再開され、前半15分にペロッタがあげたゴールを守りきったローマは、1−0でエンポリを破り待望のリーグ10連勝を飾った。しかし、イタリアのエースを失った現実は、ピッチで戦う22人の選手の脳裏から一瞬たりとも消え去ることはなく、誰一人としてプレーに集中できたものはいなかったことを、試合展開、スコアが物語っていた。

 「オリンピックスタジアムでの悲劇」をもう一度、振り返ってみよう。

 確かにDFバニーリはボールに向かっていた。「ケガをさせる気などまったくなかった」と心情を吐露する彼の目は涙で濡れ、悪気はなかったことが感じられる。とはいえ、後方からのタックルが大ケガを引き起こすことぐらい35歳のベテランディフェンダーなら知っていたはずだ。したがって、これが退場処分にはならないと確信しつつ、トッティにけしかけたバニーリの不意打ちタックルは、ある程度「意図的」と解釈されても無理はないだろう。

 かつてインテルにいたFWクレスポ(現チェルシー)、そして1983年には、当時バルセロナに所属していた至宝マラドーナも背後からの強烈なタックルの被害者となった。浦和レッズのMF田中達也も「後方からの凶器」の生贄になり、負傷した彼の右足が信じられない方向を向いていた映像は記憶に新しい。

 バックチャージは「避けられないファウル」だけにいつ何時も危険を伴う。守備意識が強いセリエAで、ディフェンダーによる激しいプレーが頻繁にあるのは理解できなくもないが、今回のような惨事が起きてからでは後悔してももう遅い。

 2002年にFIFAがバックチャージに対して厳重な処分を世界中に呼び求めたものの、実際は欧州カップ戦にしてもリーグ戦でもバックチャージはイエローカードに留まり、ボールのキープ力が抜群なプレイメーカーの動きを止めるのに効果がある「テクニック」として、サッカー界に浸透しているのが現実だ。

 トッティの悲劇後、審判員たちが、ケガを誘発する「ジョーコ・ドゥーロ(激しいプレー)」をセリエAから追放しようと立ち上がった。後方からの反則タックルをレッドカードの対象とし、長期間の出場停止など厳しいレギュレーションを導入する方針を固めたのだ。

 現代サッカーでは、レフェリーたちも一丸にならなければ、フェアな戦いを実現することは難しいのかもしれない。

コメントする・見る

この記事にコメントする

利用規約を遵守の上、ご投稿ください。

海外サッカーの前後のコラム

ページトップ