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CLのセレソン対決。 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byAFLO

posted2006/03/01 00:00

CLのセレソン対決。<Number Web> photograph by AFLO

 PSV対リヨン。アイントホーフェンの「フィリップス・スタジアム」で行われた決勝トーナメント1回戦ファーストレグは、一人の高い個人能力が、アウェーチームに勝利をもたらした。

 時は0−0で迎えた後半20分。リヨンはゴール正面やや右サイドでFKのチャンスを得た。場所はゴール約25m地点。'01年にバスコ・ダ・ガマから「食の都」リヨンにやってきたブラジル人は、そこに慎重にボールをセットした。そしてアイディアを巡らした。

 ジュニーニョ・ベルナンプカーノ対ゴメス。FKキッカー対受けるPSVのGKは、セレソン・ブラジレイラの控えMF対同第3GKの関係でもある。ともに僕が密かに思いを寄せるお気に入りの選手なのだけれど、この際、それはともかく、両者は開始早々にも一戦をまみえていた。ジュニーニョは、GKゴメスが僅かに前で構えているのを瞬間的に見抜くや、常識を越える超ロングシュートをPSVゴールにお見舞いした。こうしたシュートは、とかくアバウトになりがちだ。まず威嚇ありき。決まれば超ラッキー。そんな感覚で放つものだが、ジュニーニョは違った。ハーフウェイ付近から、まさに針穴を通すコントロールショットを披露した。ゴメスは背走しながら、ゴール内に収まろうとしたロビングシュートを、指で際どくかき出し、コーナーに逃げるのが精一杯だった。

 ゴメスは1度、度肝を抜かれるシュートを浴びていた。ジュニーニョはその時、間違いなく優位な状態に立っていた。今度はどんなボールをお見舞いしてやろうかと、悪戯心の血を騒がせていた。自身が備える様々なキックを、場の状況と照らし合わせ、そして何かを見出した様子が、記者席から確実に見て取れた。凄いキックが飛び出すことはあらかた予想されていた。

 しかし、実際に飛び出したキックは、こちらが描いた様々な絵を凌駕していた。9.15m離れた壁を越えた瞬間だった。ボールがストーンと落下したのは。そしてゴメスが構える50センチ手前でバウンドした。イレギュラーバウンドを取り損ねたという感じではない。GK動作の基本はそこにまるで存在しなかった。突然襲ってきた不思議な物体にゴメスはただ慌て、腰を抜かした。昨季のチャンピオンズリーグで3本の指に収まる存在感を見せつけた名GKは、そのスピード溢れるドライブキックを哀れにもボールを後逸。穴があったら入りたい気分に陥れられた。

 ジュニーニョはつま先から甲に掛けての部分を、ボールの下に真っ直ぐ、勢いよく滑り込ませた。ただそれだけではないのだろうけれど、キックの後、つま先が上を向いていなかったことだけは確かである。ボールをセットし、舞台の中央で一人アイディアを巡らす姿がふと蘇った。その10秒ほどの間に彼は途方もない面白い手段を思いつき、それを完璧なテクニックで実行した。セレソン・ブラジレイラの仲間を笑いものにするおまけまでついたそのFK弾は、キックの魔術師の異名に相応しい、まさに面目を躍如する一撃だった。

 だが、そんなジュニーニョの勇姿をドイツW杯で拝めるかどうかは微妙だ。繰り返すが彼はあくまで控えだ。ロナウジーニョ、カカに行く手を遮られた状態にある。ブラジルの中盤は、人余りの現象を起こしている。日本と似た体質を持っているような印象を受けるが、ブラジルの場合は、その他のポジションでも人余りの現象が見られる。以前にもこのコラムで述べた記憶があるが、今季のチャンピオンズリーグにブラジル人は50人以上も出場している。もちろんこれは世界一。本国から遠く離れた欧州の地で、ブラジル人選手は世界一の活躍を見せている。にもかかわらずW杯には1チームしか出場できない。不公平な感覚を抱くのは僕だけだろうか。A、B、Cの3つに分類して出場させても、いずれも優勝候補に挙げられそうな質と量を誇る。

 グループリーグでブラジルが2連勝した場合は、3戦目の対日本戦にサブを送ってくるんじゃないか。そしたら、日本にも勝ち目があるんじゃないか、そんな声が漏れ聞こえる昨今だが、それは違うんじゃないかと僕はいま声を大に否定したい。その一方で、ブラジルがもしベンチに座る優秀なサブを巧く使いこなせない場合は、優勝には疑問符が付くとも言いたい。1つのやり方で決勝までの7試合を戦い抜くことは不可能。スタメンがほぼ決定された状態にあるブラジルにとって、それをどう崩すかは優勝に向けて避けて通れない問題だ。ジュニーニョはリヨンのジュニーニョに止まるのか。ジュニーニョファンとしてはこの際、だとしたらブラジルは危ないと言っておきたい。

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