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グラスゴー“without”俊輔 

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鈴木直文

鈴木直文Naofumi Suzuki

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posted2006/05/29 00:00

グラスゴー“without”俊輔<Number Web> photograph by Naofumi Suzuki

 5月13日のスコティッシュ・カップ決勝をもって、スコットランドのサッカーシーズンは幕を閉じ、中村俊輔もリーグ戦の終了をもって帰国の途についた。軽い怪我の影響もあり、リーグ戦の最後の数試合に加えて、ロイ・キーンとアラン・シアラーの送別試合には出場しなかった。というわけで、今回は「俊輔のいないグラスゴー」からのレポートとなる。

 先週にはCL決勝も済んでしまったので、世界のサッカーファンの心はドイツ方面に飛んでいることだろう。ここグラスゴーもその例外ではないのだが、自国が出場しないということもあって、毎日のスポーツ面トップは相変わらずセルティックとレンジャーズである。一番の関心事はもちろん選手の移籍動向なのだが、レンジャーズのポール・ル・グエン新監督による“フレンチ・レボリューション”の話題に押されがちで、セルティックの目立った動きといえば、今月早々に発表されたデレック・ライオダン(ヒブス所属)の獲得ぐらいである。10月までヒブスとの契約が残っているため、加入は移籍市場の再開する2007年1月となる。

 ライオダンは、昨年からヒブスとの契約延長を拒否し続け、その去就に最も注目が集まっていた若手選手である。今年1月にはレンジャーズが獲得のオファーを出したが、クラブ間で合意に至らなかった。合意に至っていたとしても、母方の家族がこぞって熱狂的なセルティック・サポーターというから、「とてもじゃないけど移籍できなかっただろうね」とは、ライオダン本人の弁。ライバルを出し抜いた形のセルティックだが、獲得の動きは最後まで露見しなかった。ストラカン監督は「うちにはマローニーやマッギーディがいるからね。」なんて悠然としていたから、見事なポーカーフェイスというしかない。ロイ・キーンの件といい、ユーモア溢れる語り口の割になかなか本音を漏らさない、スポーツ記者泣かせの監督だ。

 さて、話は戻ってCL決勝だけれど、これが実は中村の去就に無関係ではなかった。ロナウジーニョとアンリの「世界最高」対決(または、アンリ対“未来のチームメイト”対決)に注目が集まったこの試合だが、セルティック・ファンの関心は別にあった。セルティックとしては何としてもバルセロナに勝ってもらいたい理由が2つあったのだ。1つは、来季のCL出場権との兼ね合いである。昨年のリバプールの優勝がきっかけとなったルール改正のため、国内リーグで4位(来季は予選から出場)のアーセナルが勝ってしまうと自動的にグループリーグからの出場となり、欧州リーグ間の順位係数の関係で、セルティックが予選からのスタートへと格下げされてしまうからだ。

 結果はご存知の通りバルセロナの見事な逆転勝ち。しかもその勝利をもたらしたのは“我らが”ヘンリク・ラーションだった。そして彼の存在こそ、第2の理由だった。グラスゴーを去って2年が経つというのに、彼はまたしてもセルティックのために大きな働きをしてくれた。残り30分から途中出場してバルセロナの2得点をアシスト。アンリをして「今日のヒーローはロナウジーニョではなくてラーション」と言わしめる活躍ぶりだった。「超一流でありながらSPL(スコティッシュ・プレミア・リーグ)なんていう2流リーグに7年もいてくれたラーションには、キャリアの最後に是非欧州王者になって欲しい」とは、多くのスコットランド人の願いだった。(この自国のリーグに対する一種自虐的な感情は、中村俊輔に対しても当てはまる。彼がスペイン・リーグへ“ステップ・アップ”したとしても、結局は「やっぱりね」と諦観するしかないのだ。ただ3年契約を全うしての移籍であれば、そこにはラーションに対するのに近い「感謝」の気持ちが付け加わることだろう。)

 さて、めでたくセルティックが来季のCLに、グループステージから出場できるようになったことで、中村が残留に傾く可能性が大きくなったように思われるかもしれないが、コトはそう簡単ではない。なぜなら、クラブが新戦力の補強により力を入れることが確実になったからだ。それは、セルティックがグループステージ6試合から得ることになる放映権料の分配金および報奨金、合計して最低900万ポンドと言われる収入に関係している。もちろんこの収入の全てが利益となるわけではないのだけれど、セルティックが移籍市場でよりアクティブになれることは確かである。中村の移籍金が250万ポンド程度だったと言われているから、単純計算なら、中村クラスの選手を3人は獲得できるということになる。

 クラブやサポーターからすればいいこと尽くしだけれど、中村からすれば、チーム内の競争が厳しくなりレギュラーが保障されなくなるかもしれないということを意味している。例えば、先に触れたライオダンの加入を、移籍金を支払うことで早めることも考えられる。彼はFWの選手だけれど、左右のウイングもこなす。中村よりは前のポジションを得意とするけれど、今季の終盤に試した4-3-3のフォーメーションが採用されることになれば、中村が彼にはじき出されることも考えられる。中村にとって常時出場できるかどうかは、移籍先を選ぶ際の大きな要素のようだから、「CLに出場できても控えだったら意味は無い」と、レギュラーの保障されたチームに心を惹かれるということも考えられるのだ。

 「いかなる個人もクラブより偉大ではありえない」とは、セルティックやレンジャーズについて語るときよく使われる表現だ。これには2つの意味が込められている。第一に、どんなスタープレーヤーでも、クラブへの忠誠心がないならば出て行ってくれて構わない、という意味。そしてもう一つは、クラブはサポーターのものである、という意味だ。選手や監督、経営陣が入れ替わっても、クラブとサポーターは変わらずそこにあり続ける。120年の歴史はそうして築かれてきた。ただ、ラーションのように、忠誠心とスター性とを兼ね備えた選手は、必ず「伝説」としてクラブとそれを支える人々と共に生き続けるのだ。

 来シーズン、再び「グラスゴーの中村俊輔」についてお伝えできることを願って。

中村俊輔
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