北京をつかめBACK NUMBER
復活を賭けた、井上、鈴木の明と暗 井上康生,鈴木桂治
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTakuya Sugiyama
posted2007/05/11 00:00
井上康生と鈴木桂治は、今でこそ異なる階級だが、長く100kg級で覇を争い、今も互いをライバルとして意識する柔道界の両雄である。
二人は、4月の大会に復活をかけていた。その結果は対照的なものだった。そしてそれは、柔道界でよくいわれる「心技体」の大切さをあらためて感じさせるものであった。
柔道界のスーパースター井上は、2大会連続の金メダルを期待された'04年のアテネ五輪100kg級で、金はおろか何色のメダルも手にできず、その後、100kg超級に移るも、'05年1月に大怪我を負い長期休養を余儀なくされる。ようやく昨年6月3日の全日本実業柔道団体対抗で復帰。そしてこの4月を、北京五輪へ向けて本格的に復活するときと定めていた。
にもかかわらず、全日本選抜体重別選手権(8日)、全日本選手権(29日)ともに3位。
井上は、選抜体重別では「かけ急いだ面があった」、全日本のあとには「勝ちに行く気持ちをもっと前面に出せれば」と、精神面を課題にあげた。
しかしそうだろうか。勝つ執念がなかったとは思えない。たとえば、全日本選手権の敗れた準決勝終盤、石井が掛け逃げに見られてもおかしくない技を連発した。すると井上は珍しく、副審にアピールするかのように不満げに手を広げた。そこには勝負への強い気持ちがこもっていたように思う。
問題は、むしろ、技にあるのではないか。
井上は、この数カ月、「内股」の修正に取り組んできた。内股は、「意識しなくても一本を取るべきときに掛けられる。無意識にタイミングが分かる。体が反応する」と以前語っていたように、絶対の武器である。その修正を迫られたのは、階級を上げた影響による。
「(100kg級では)跳ね上げられましたが、100kg超級では同じようには行きません」
井上は100kgそこそこしか体重がない。だが、100kg超級には120、130kgといった大型選手がそろう。そのために、揺さぶって相手の重さを利用して投げる、いわば「小よく大を制す」掛け方を追求していた。
だが、大会で見せた内股は、目指すところの「小よく大を制す」ものとはほど遠い、意識して掛けに行く、強引さを感じさせるものであったのだ。
一方で、鈴木桂治は「本当に強い」そう思わせた。両大会ともに優勝、復活をアピールしたのだ。
鈴木もまた、苦しみ続けた1年だった。アテネでは100kg超級で金メダル、'05年には世界選手権をはじめに、すべての大会で優勝。だが昨年は、手にするべきものを手にし、柔道への意欲が薄れていた。
その象徴が、昨年4月、全日本選手権決勝で終盤、わずかに集中を欠いた隙にポイントを奪われ、石井にまさかの逆転負けを喫したときだ。鈴木は「これ以上強くなれるか分からないです」と、試合後、ぽつりと口にしたのである。
その後、6月の全日本実業柔道団体対抗には出場したものの、全日本強化合宿、ワールドカップなどを欠場。肩を痛めていることも理由の一つだったが、なによりも大きかったのは、精神面だった。全日本の斉藤仁監督が、「桂治の一番の問題は気持ちでしょう。達成感があるのは分かるけれど、そこからまた頑張れるかは本人の問題です」と語るほど、周囲にもそれは目に映っていた。
だが休養をとるうちに、再び柔道への意欲が湧いてきたと言う。
「試合に対する集中力、勝つ気持ちが去年とは全然違います。今は柔道にどん欲になれています」
結果、見事な足技を披露し、優勝したのである。
全日本選手権の大会後には、豪放な鈴木らしい言葉が並んだ。
「(初戦の大藤尚哉について)試合前からえらい元気で、騒いでいるのでむっとしちゃいました。でも冷静に勝てました」
「(準決勝の片渕慎弥について)昔やって1回負けてて、どっちが強いかはっきりさせてやろう、と。こういうところで勝って嬉しいです」
表情には柔道で勝つことの喜びがあふれていた。
技の未成熟がおそらく精神面、自信のなさにもつながり、本来の能力を発揮しきれない井上康生。心身充実ぶりをみせつけた鈴木桂治。北京へ向けてのスタートは、明暗の分かれるものだった。
だが、五輪での重量級2階級の牙城を守るには、まだまだ井上の存在は大きい。幸い、井上も、9月の世界選手権代表に選ばれた。
鈴木に続き、充実した心技体を取り戻した姿をみせられるか。井上にとって、大きな大会となる。