Column from EnglandBACK NUMBER
欧州CL決勝を盛り上げる、
二人の名脇役たち。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byAFLO
posted2008/05/16 00:00
来週に迫ったチャンピオンズリーグの決勝。マンチェスター・ユナイテッドとチェルシーがモスクワで雌雄を決することになる。プレミアシップ勢同士の頂上対決は史上初とあって、メディアは「イングランド・サッカー史上最高の一夜になる」と盛んにファンを煽っている。
今回の両軍の決勝進出は、「オール・イングランド」という歴史的な意義を度外視しても感慨深いものがある。準決勝においてヒーローとなったのが「決勝に行かせてあげたい」と願わずにはいられない2選手だったからだ。
4月29日、ユナイテッドはポール・スコールズの“一発”でバルセロナを下した(2試合合計1-0)。スコールズは、ユナイテッドがチャンピオンズリーグで優勝を果たした1999年、警告累積のために決勝に出場することができなかった選手である。今年34歳のMFにとっては、今回が最後のチャンスかもしれない。「地元出身でクラブ生え抜きのベテランに一世一代の晴れ舞台を」という人々の思いが強いことは、勝負事に関しては情け容赦のないアレックス・ファーガソン監督でさえもが、「決勝まで行けたらスコールズを先発させたい」と口にしていたことからも伺える。
本人の胸中にも9年前の無念を晴らしたいという想いはあるはずだ。しかしシャイなことで知られるこのスターは、見事な25m弾で決勝の舞台に立つ権利を勝ち取っても、自らの活躍をアピールしようとはしなかった。ゴール・セレブレーションも、少し驚いたような表情をしながらピッチ上を小走りした後に、チームメイトと抱き合っただけである。テレビのヒーロー・インタビューを辞退し、足早に家族の待つ自宅に向かうという行動も普段と何ら変わりはなかった。主役級の実力を持ちながら、あえてスポットライトを避ける「名脇役」は、いたくファンの心をくすぐる。
翌30日、延長戦の末にリバプールを下した(2試合合計4-3)チェルシーでは、フランク・ランパードの“決意”がチームを勝利に導いている。ランパードは試合の6日前に母親を病気で失っていた(享年58歳)。筆者は以前、『ナンバープラス』の取材でランパードの実家を訪ねたことがある。その際に、「選手としては父親だけど、人間としては母の影響の方がずっと大きい」というランパードの言葉を改めて理解した。姿形は父親と瓜二つのランパードだが、話し方や仕種は母親そのもの。そして瞳。「目は口ほどに物を言う」ではないが、御母堂から受けた第一印象は「ランパードと同じ目をしている」というものだった。
母親の逝去で、「お母さん子」を自認するランパードが受けたショックの大きさは計り知れない。監督のアブラム・グラントも、試合当日の朝まで起用を決めかねていた。
だが本人は先発出場を志願。前半の先制ゴールは、ランパードのスルーパスがきっかけだった。また1-1で迎えた延長戦前半には、ランパードがPKを決めて試合の主導権を奪い返している。PKを決めたランパードは、ユニフォームの左袖下にしていた黒いアームバンド(喪章)を取り出してキスをすると、コーナー付近まで走って膝を落とした。まるでピッチに顔を埋めて泣いているかのようだった。試合翌日の新聞には、重責を果たした直後、天を指差しながら夜空を見上げるランパードの写真が掲載されていたが、母親と同じその瞳はやはり涙で濡れているように見えた。いずれにしても、ランパードの活躍がなければ、チェルシーが第2レグを3-2の勝利で終えることは難しかっただろう。
来る5月21日に栄光を手にするのは、通算3度目の優勝を狙うユナイテッドか、それとも、創立103年目にして初優勝を目指すチェルシーか。試合後のスタジアムでファンが目撃するのは、珍しく勝利者インタビューに応じるスコールズの姿か、はたまた天国の母親に誓っているであろう優勝を成し遂げ、感涙にむせぶランパードの姿か。いずれにしてもプレミアのファンにとっては、忘れ難いモスクワの一夜になりそうだ。