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From:東京「激辛で行こう。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2008/02/05 00:00

From:東京「激辛で行こう。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

岡田ジャパンの船出の2試合、チリ戦とボスニア・ヘルツェゴビナ戦を見た。

どちらも即席チームだったが、試合内容はパッとしなかった。

なのになぜ、世間のムードは岡田監督に対して“甘い”のだろうか。。

 このままではマズイ。というわけで激辛精神を蓄えるべく、僕は自宅近くの中華飯屋に出かけた。10人入れるかどうかの小さいお店ながら、どの品も味は超絶品。運が悪いと入れない知る人ぞ知る人気店だ。白菜サラダ、ネギショウガ豚、かき玉……。そして締めに頼んだのが、このお店の名物であり、本日のお目当てである麻婆豆腐だ。なぜお目当てなのかと言えば、激辛だからだ。超の付く激辛。以前、連れ立ってきたライター某などは、一口しただけで白旗を揚げたほどだ。「だから某チャンは原稿が辛くないんだよ」と、からかってやってのだが、そういう僕だって、この店の麻婆豆腐には毎度、大苦戦をしいられている。間違いなく翌朝、お腹は下る。でもなぜか時々、欲したくなる。チャレンジしてみたくなるのだ。

 なぜ、激辛精神を蓄える必要性を感じたかって。それはもちろん、岡田ジャパンに決まっているじゃないですか。それを取り巻く甘くて優しいムードにも、いたたまれなさを感じてしまう。

 この「ノリ」では、2010年W杯でベスト16は望めない。岡田サンが言うところの「世界をアッと驚かすサッカー」などできるはずがない。

 今回は、僕と同じような思いでいる編集者Nを連れだって、麻婆豆腐に挑戦してみたのだが、3口目ぐらいから彼の表情は急変。気がつけば、顔はゆでだこのように真っ赤に染まっていた。僕も最後はアップアップ。でも、食後は清々しさを味わった。まさに喝を入れられた気分なのだ。

 喝を入れられたら入れ返す。というわけで、この原稿にも、気合いを入れていこうと思う次第だ。僕の激辛精神には、予定通り火が点いたというわけだ。

 相手はだいたい2軍から2軍半。そのうえ超即席チームだ。日本代表のホームでの国際試合は、相手に問題がある場合が多すぎる。最近では、ガーナぐらいではないだろうか。真っ当なメンバーを編成してきた国は。そのガーナにしても、確か来日は試合直前だった。両者を均等な関係にするために、競馬じゃないけれど、ハンデ戦にしてもいいくらいだ。

 ボスニア・ヘルツェゴビナは、選手の所属クラブに気遣って、ベンチ入りした選手を全員交代出場させた。片や日本は大真面目。親善試合にもかかわらずいっぱいいっぱいの、絶対に負けられない試合を挑んでいる。勝って大喜びする姿は、独り相撲を見させられているような辛さだ。

 記者会見での岡田サンのコメントに、その辺りの特殊性が十分に反映されているならまだいいが、チリの即席の2軍チームに引き分けておいて「内容は悪くなかった」と言われるとガクッとなる。岡田サンの世界観はどうなっているのか。

 ドイツW杯の教訓はなんだったのかと言いたい。ちょっとやそっとの上積みでは、ベスト16は狙えないと考えるのは僕だけではないはずだ。もうちょっとだった、ではない。凄く惜しかったわけではまるでない。3馬身以上もぶっちぎられての完敗だった。それでいて次回、世界をアッと驚かせようとするならば、そのサッカーは、よほど画期的でなければならない。これならベスト16は狙えるかも……と、サッカーの中身で、ファンを驚かせる必要がある。

 僕はどう見ても、チリの方にその可能性を感じた。ビエルサのサッカーの方が、岡田サンのサッカーより、格段優れて見えた。なんと言っても即席チームがあれだけのサッカーをするわけだ。監督の力のほどが偲ばれる。両監督の力の差も偲ばれる。ビエルサが日本代表の監督なら、軽く3−0は行けただろう。

 岡田サンが知るべきは、それが決して無い物ねだりではないということだ。タイミングさえ合えば、ビエルサだって日本代表監督の有資格者になれる。本来、両者は対等の関係にある。だから、岡田サンは、ビエルサをはじめとする世界のどの監督より、自分のサッカーが優れているとの確信が持てるくらいでないと、日本代表の監督は受けるべきではないのだ。自身が比較される対象は、オシムだけでは終わらない。

 メディア報道もまたおかしい。そうした自覚が見えてこない岡田サンに対して、どうしてそこまで優しくなれるのか。少なくとも、代表監督に世界基準の物差しを当てようとする様子はない。つまり、次回W杯でベスト16入りすることを切望しているようには見えないのだ。

 甘く優しく接することでものが売れ、産業が活性化するならまだ救いはあるが、かつてない空席が目立ったこの2試合のスタンド風景からも想像できるように、世の中はそちらの方向に進んでなさそうだ。ドツボにはまりこんだ気がする。

 このままでは日本サッカーは強くならない。この世界をぶっ壊す、救世主が出現しない限り、ベスト16は無理。思わず、あの激辛麻婆豆腐を、日本サッカーを取り巻く人たちに食べさせたくなる。もっとも、そんなものを食べなくても分かっている人は、実は意外に多くいると思うのだけれど……。

岡田武史

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