総合格闘技への誘いBACK NUMBER
アメリカ人の心を掴め。
text by
石塚隆Takashi Ishizuka
photograph byToshiya Kondo
posted2006/09/05 00:00
地上波テレビ中継中止など暗いニュースが多かった今年のPRIDEだが、10月21日に実現するアメリカ進出は久しぶりの吉報といえるだろう。一連の騒動の起死回生案と見る向きもあるが、数年前からPRIDEを主催するDSEはアメリカ開催を検討しており、当地のアスレチック・コミッションとルールやハード面について粘り強く交渉をつづけていた。ようやく日の目を見た関係者にとっては積年の思いが詰まった一大イベントなのである。
現在、アメリカでは空前の総合格闘技ブームが起こっている。老舗団体であるUFCを中心に最近ではWFAやIFLといった団体が設立されその注目度は過熱の一途をたどっている。
UFCが成功した背景には米ケーブルテレビ局のスパイクTVと組んで作り上げたリアリティ・ショー『ジ・アルティメット・ファイター』の存在がある。これは、デビューするかしないかの若手選手をクローズアップし、その選手が育っていく過程を追いつづけ、その成果を実際のリングで披露するというものだ。有名選手は彼らのコーチ役になったりすることもある。つまり、サイドストーリーの番組化であり、視聴者は特定の選手へ特別な感情移入をもってその後の試合を見届けることになる。UFCのPPV視聴者は200万人を越えるともいわれ、真剣勝負の総合格闘技という素材に、育成や対立構造といったエンターテインメント性を結びつけるとは、さすがショービズ王国アメリカというしかない。
だが今回、アメリカに進出するPRIDEにはそういった下地はない。いきなり興行を打って成功するといった保証はないのだが、実は1年前から米ケーブルテレビ局のFOXスポーツでPRIDEの試合と情報番組を放送しているのでその知名度は徐々に上がっているということだ。しっかりと伏線を張っているところが、さすがDSEらしいといえばらしい。また、11月のUFCではPRIDE代表としてヴァンダレイ・シウバがライトヘビー級王者のチャック・リデルと戦うことをテレビ放送にシウバ本人を登場させ発表したり、加えて10月に開催される本大会『PRIDE “THE REAL DEAL”』の記者会見では、マイク・タイソンを招き派手にアドバルーンを上げるなどアピールに余念がない。いまさらマイク・タイソンもどうかと思うが、PRIDEという名前を全米に浸透させるには、タイソンのネームバリューは強大なモノといっていいだろう。
現在発表されているカードは、エメリヤーエンコ・ヒョードルVS.マーク・コールマン、マウリシオ・ショーグンVS.ケビン・ランデルマン。やはり観客や視聴者の注目を集めるためにコールマンやランデルマンといったアメリカ勢がピックアップされている。アメリカではインターネット投票を見るかぎりシウバやミルコ・クロコップが人気を集めているようだが、PRIDEがアメリカで確実にブレイクするにはアメリカ人スターの登場が必要不可欠なのは言うまでもない。なにせ愛国心の強いアメリカ人、おらが村のスターを欲しがる国民性は他国以上のモノがある。コールマンやランデルマンには悪いが、いささか実力的に役不足であり、同様に他のアメリカ勢のダン・ヘンダーソンやフィル・バローニもスター性に欠ける。
そこでカギを握っているのがジョシュ・バーネットの存在だ。今年のPRIDEグランプリの四強であり実力は折り紙つき。好戦的なファイトは母国アメリカでも問題なく受けるだろうし、もし今回のグランプリで優勝することがあればその存在価値は飛躍的に向上する。アメリカ市場におけるジョシュの戦いは、その後のPRIDEを左右するモノだといってもいいだろう。
ただ、ジョシュには消えない傷跡がある。それは'03年の話だ。24歳という史上最年少でUFC王者に君臨したジョシュだったが、試合から2週間後、尿からステロイド成分が検出され大会を管轄していたネバダ州のアスレチック・コミッションから試合の無効と6ヶ月の試合出場停止を言い渡されたのだ。ジョシュは幻のUFC王者になってしまった。
ジョシュ本人は疑惑を否定。言うことを聞かないジョシュに対する主催者の陰謀説など取り沙汰されたが、その後ジョシュはアメリカから距離をとり日本を中心に活動することになる。
昨今のアメリカはドーピング問題に非常に敏感だ。陸上競技ではジャスティン・ガトリンやマリオン・ジョーンズ、メジャーリーグではバリー・ボンズといったスター選手たちに次々に疑惑がかけられ、巷を賑やかしている。4大スポーツや五輪競技ほど格闘技はメジャーではないが、ドーピングに対する目は厳しくなっているのでジョシュにはあらぬ嫌疑の目が向けられるかもしれない。考えすぎだといいのだが……。
みそぎはすでに済んでいる。だが、一度ついたレッテルを剥がすのは至難の業である。果たしてジョシュがどのようにアメリカの観客に迎え入れられるのか、PRIDEの未来を予測しつつ、そのあたりに刮目してみたい。