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ユーロ2004を振り返る 

text by

西部謙司

西部謙司Kenji Nishibe

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photograph byNaoya Sanuki

posted2004/07/13 00:00

ユーロ2004を振り返る<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

 決勝から1週間あまりが経過した。今大会は攻撃的なチームが多く、レベルも非常に拮抗していてゲーム内容も面白かった。大会運営も含めて、ユーロ2004は大成功だったというのが大筋の意見である。

 優勝したギリシャは守備のチームだった。グループリーグ以降の3試合はすべて1−0、3ゴールのうち2つはCKからのヘディングで、残りの1つもヘディングシュート。先行したチームがリードを守りきれない試合が相次ぐ中、ギリシャだけが先行逃げきりに成功していたのは何より強固な守備力ゆえだ。徹底したマンマークによる守備戦術を古くさいと感じた人も多いだろうが、それが効果的だったことを否定する人もいないだろう。戦術は古い新しいではなく、選手に合っているかどうかが最も重要なのだという事実をギリシャは明確に示していた。セイタルディス、カプシス、カツラニスという3人の強力なマンマーカーと傑出したスイーパーのデラスを生かして、相手チームの強力な「個」を抑えきった。

 ちなみにオールコートのマンマークは、実は今大会の新しい傾向でもあった。見た目は70年代までの守備と同じだが中身が違う。マンマークの弱点は体力の消耗と、1対1で抜かれると次々とマークにズレが生じてしまうことにあった。ところが、マンマークでやっても90分もってしまうぐらいフィジカルが向上。また、いったんマークしてしまえばフィーゴやジダンでも自由にプレーできないぐらい1対1の守備が強くなっていた。これはギリシャだけでなく他のチームにも見られた傾向である。スーパースターを90分完封するのは不可能だ。しかし、一度抜かれても抜かれっぱなしではなく、素早くリカバリーしてマークし直すことができた。1人がマークを外された局面でも、他のアタッカーはすべて1対1できっちりマークしているから、抜いた相手もすぐに決定的な仕事ができない。その間に、一度抜かれた守備者がマークし直す。ワンツーやスペースへの飛び出しを仕掛けてくる相手に対しても同様。かつてはピッチ上の10人をコンパクトにすることで相手のプレーする時間と空間を奪っていたのが、1対1でそれができるようになっていた。1対1でそれが可能なら、より守備効果は上がる。危険度の高い選手から順番に、守備の強い選手を当てていけるから、ゾーンでやるより守備にムラがなく安全だからだ。

 準優勝のポルトガルは非常に攻撃的で、開催国らしいプレーを見せた。開幕戦こそプレッシャーから不甲斐ない出来に終わったが、フェリペ監督は素早くメンバー変更を行い、チームは活力を取り戻して開催国らしいサッカーになった。ホームチームはファンから圧倒的なサポートを得られる。大観衆の熱をエネルギーに変換できる。逆に言えば、観衆がサポートしやすい、感情移入しやすいチームを作ると有利になる。ポルトガルのサッカーはテクニックが売り物で、それが凝縮されたものがドリブル。代表チームやFCポルトのようなトップチームを見ているとよくわからないが、国内リーグでやっているのは“ドリブル中心”と言いたくなるぐらいドリブル好き。緒戦に敗れて開き直ったポルトガルは“本性”が出た。フェリペ監督が出るように仕向けたともいえる。フィーゴは60メートルもドリブルで突撃し、C.ロナウドもデコもミゲルも、腕に覚えのある者は各地で勝負ドリブルを敢行。それで攻撃のリズムをつかみ、自らを勢いに乗せ、観衆のサポートが増幅し、さらにボールを奪われたら歓声をガソリンに変えてアドレナリン・パワー全開の全力プレスを仕掛けた。フェリペは戦術家というタイプではないが、優勝を義務づけられているとか開催国とか、そういう“非常のチーム”の扱い方をよく知っている監督だった。

 完成度が最も高かったのはチェコ。混戦が予想された強豪揃いのグループDを全勝でクリア。次のデンマーク戦では相手が攻撃的で、同時に戦術的にそれしかやらないことを見抜き、しっかり守ってカウンターから得点を重ねて楽勝した。チェコも攻撃力が売り物のチーム。だが、どうせデンマークは前に出てくるから裏を狙っていこうという狡猾なプレーもしっかりできていた。フォーメーション変更も含めて戦い方に幅があり、最も準備のよかったチームである。レーハゲル監督のギリシャも準備はよかったが、2点目を狙える攻撃力がない。1−0のゲームプランが崩れたら苦しかったはず。その点、オランダに2点先行されながら3点をもぎとる爆発力を持ったチェコのほうが上。準決勝はギリシャのゲームになったが、総合力ではチェコが最高のチームだったと思う。

 日本がユーロから学ぶべき点は少なくない。しかし、親善試合とはいえチェコに勝ち、やはり最も充実した戦力を持っていたイングランドにも引き分けているのだから、決してユーロは雲の上の存在ではない。例えば、優勝したからギリシャのスタイルを採り入れろというのは全然何も学んでいないのと同じだ。ギリシャから学ぶべきなのは、彼らが自分たちに合った戦術で勝ったことで、日本の選手の能力を生かしたサッカーをやればギリシャとは全く違うサッカーになるはずなのだ。そのうえで、ギリシャの持っていたディフェンスのクオリティに注目するのはいいが、表面だけなでても意味がないし、もう日本はそういうことで喜んでいるような国ではなくなっている。

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