EURO2004 決勝弾丸観戦記BACK NUMBER

最終回 隣の芝の青さについて。 

text by

川端裕人

川端裕人Hiroto Kawabata

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photograph byHiroto Kawabata

posted2004/07/08 00:00

最終回 隣の芝の青さについて。<Number Web> photograph by Hiroto Kawabata

 日本へ帰る飛行機の中でも、「芝の青さ」の問題について考えていた。なぜこの大会は、当事者ではないぼくたちにも、魅力的なのか。滞在中、何度か「どうして日本人のきみが」と現地の人に言われてドキっとしたことも含めて、楽しさと違和感がワンセットになったこの微妙な感覚を掬い取りたい……。

 まず、なぜかくも楽しいかについて、よく言われるのは「実力の拮抗」論。これは説得力がある。なにしろ、下馬評ではグループリーグ突破もままならないと言われたチームが優勝してしまう大会なのだ。

 だが、実力が拮抗していれば、それで楽しくなるかというと、そうでもなかろう。今回のギリシアの大躍進について、実力はもう認めざるをえないものの、釈然としない思いに駆られた人が多いのではないだろうか。現地で出会った非ポルトガル人・ギリシア人(決勝戦の当事者には冷静なコメントは期待できまい)やメディア関係者には、「ギリシアは大会をつまらなくした」とする人が多かった。ポイントは「ギリシアが徹底して相手の良さを消す形で勝利した」ということだ。

 このあたりにひとつのヒントがある。Euroに参加するチームは、オランダやイタリアを筆頭に、強固なサッカー・アイデンティティを持っており、試合はそれぞれのアルゴリズムを戦わせる場だ。個性のせめぎあいをよしとする場に、個性を無効にする方法のみを研ぎ澄まして参入するのは、ルール違反ではないものの、無作法であると感じられたのだろう。

 とするなら、EUROの特異的な楽しさというのは、強固な意志に基づいたサッカーの「アルゴリズム」が、個性豊かな選手たちによって実現され、フィールド上でぶつかり合うことでもたらされるとはいえないだろうか。そう考えれば、この大会が普遍的な魅力を持ち、ぼくたちが惹きつけられることも、すとんと「腑に落ちる」。

 ただ、問題はもっと複雑だ。

 ナショナルチームの大会である以上、サッカー・アイデンティティはそのままナショナル・アイデンティティとリンクする。そのこと自体は悪くない。ぼくは、早くぼくたち自身も自らの身体とメンタリティに合ったサッカー・アイデンティティを確立できる日が来ればよいと願っている。

 とはいっても、ここに「当事者問題」が鮮鋭に立ち上がってくる。現地で「なぜ日本人が?」と問われたことの原因は、多くの「当事者」たちにとって、Euroはサッカー・アイデンティティよりも、ナショナル・アイデンティティを戦わせる場だったということだ。

 たしかに、日本からわざわざ観戦に来るぼくたちにも、かなり滑稽な面があるだろう。面白いサッカーがそこにあるなら見たくなるのは当然だとしても、ぼくたち自身は自分たちのサッカーをどれだけ愛しているだろうか。最近、自分でボールを蹴った? Jリーグは観にいった? プリンスリーグや高校選手権には興味ある? アジアカップは行く?

 もしも、この手の自分の「足下」のサッカーについてまったく無関心で、ただ遠い国の高度でエキサイティングなサッカーだけを愛でるなら、どことなくもの悲しい。かつての洋楽/邦楽シーンを思い出す。異国語で歌われる音楽ばかり歓迎し、日本人によって生きられ創られ演奏され歌われる音楽を「ダサい」と感じる人が多かった時代だ。今ぼくたちは以前にくらべるとずっと豊かな音楽文化を自分たちのものとして持っている(と信じる)けれど、サッカーでも同じことを起こすには、ただEUROやCLを見ているだけではなく、「足下」を見つめ、楽しみ、自分たちのサッカー・アイデンティティを磨いていくことが必要なんじゃないだろうか。

 その上でなら、ぼくたちは「なぜ日本人が?」問われた時に、こんなふうに返事をすることができる。「あなたたちのやっているサッカーは、サッカー自体として楽しいんだよ。だから、自分の国を応援するのは当然だとしても、敗退したら敗退したでサッカーを楽しもうよ」などなど。

 実はこれ、決勝戦が翌日の未明、ギリシア人が騒いでいるロシオにて、なぜかたむろしていたスペイン人やクロアチア人と話し合ったことでもある。どんな国にも「サッカー自体楽しい」というタイプの人はいるのだ、と実感できた楽しい時間だった。

 芝の青さは、単純にうらやましかっていても仕方がない。自分の家の芝も青くして、さらに隣の芝にももっと青くなってもらいましょう。というのが今回の結論。

 さ、アジアカップ行こうかな、と本格検討中。

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