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Vol.11 狩野美雪 こんな私でも 

text by

米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph byMichi Ishijima

posted2008/05/20 00:00

Vol.11 狩野美雪 こんな私でも<Number Web> photograph by Michi Ishijima

 5月17日、北京五輪出場権を争う最後の大会「2008北京オリンピック世界最終予選」が開幕した。日本は、大会のゆくえを占う大事な初戦・ポーランド戦に3−1で勝利し、五輪切符獲得に向け、大きな一歩を踏み出した。

 この日、31歳の誕生日を迎えた狩野美雪は、第3セット、15−19とリードされた場面で木村沙織に代わり、コートに立った。

 31歳にして、初めての全日本のコート。しかし、そんなことは微塵も感じさせない。Vリーグと同じように、ベテランらしい落ち着いたプレーを見せた。初めて受けるサーブを正確に返し、コンビネーションから初得点も挙げた。センターの荒木絵里香がライト側に走り、空いた真ん中のスペースに飛び込み、キレのあるスパイクを相手コートに突き刺したのだ。

 「あのサインが出た時には、テン(竹下佳江)が上げてくれると思ったので、思い切って入れました。緊張なんて、している場合じゃなかった。大事な試合だし、みんな必死で頑張っていたので」

 第3セットは奪われ、第4セットは木村がコートに戻ったものの、狩野は、劣勢のチームに流れを呼び込み、第4セットにつなげる大事な役割を担った。

 両親は共に、かつて名門チームでプレーした元バレーボール選手。12歳年下の妹・舞子は、184cmの長身で、中学生だった2004年に代表候補に選ばれた逸材だ。そんなバレー一家の一員だが、美雪は決してエリート街道を歩んできたわけではない。

 女子の場合、高校時代に注目された選手は、ほとんどが、スカウトされて高校卒業後すぐにVリーグ入りする。しかし狩野は、八王子実践高を卒業後、東京学芸大に進学。大学卒業後の2000年、当時Vリーグの2部にあたる、V1リーグに所属していた茂原に入社した。今回の最終予選のメンバー12人の中で、大学に進学しているのは狩野ただ一人だ。

 茂原は、2003/04シーズンからVリーグに昇格した。その年、狩野はいきなりサーブレシーブ賞を獲得。しかし勝利は遠く、1、2年目は4勝、3年目はわずか2勝しか挙げられず、チームは3年連続最下位と苦しんだ。そして2006年、茂原は廃部となった。

 廃部に伴い、狩野にはいくつかのチームからオファーがあった。その中から、久光製薬を移籍先に選んだ。

 「強いチームだし、真鍋(政義)監督は、自分が小さい頃から全日本のセッターとして見ていた人だったので。女子とは違う男子バレーのやり方にもすごく興味がありました」

 勝つことが難しく、負けることの方が圧倒的に多かった茂原時代は、「しょせん私なんて」という意識がどこかに染み付いていたという。しかし新天地で、ポジションをつかみ取り、Vリーグで勝ちを重ねたことで、狩野は変わった。「こんな私でも、やってみればできるんだ」という前向きな自信が芽生えていった。

 移籍1年目の2006/07シーズン、狩野は安定した守備と、機動力と巧さのある攻撃でチームの要となり、V・プレミアリーグ優勝へと久光製薬を押し上げた。2007/08シーズンも、サーブレシーブ成功率が、リベロを含めた全選手中6位と、安定感は相変わらずだった。そして、サイドアタッカーの補強が急務だった全日本に、今春初めて招集された。

 「本当に驚きました。私ってなんか、他の人よりスローペースというか、寄り道が多いですよね(笑)」

 高さに恵まれたわけでも、飛び抜けた爆発力があるわけでもない。しかし狩野には、紆余曲折を経ながら、地道に歩んできたからこその我慢強さがある。だから、プレーも精神面も、浮き沈みが少ない。柳本晶一監督は、「地味なプレーヤーだけれど、どこでもこなせて、計算できる頼りになる選手」と期待を寄せる。

 昨年11月に開催されたワールドカップでは、日本のサイドアタッカーには、高橋みゆき、栗原恵、木村の3人が固定され、控え選手は、腰を痛めて本来のプレーができなかった大山加奈だけだった。試合中、サイドの誰かの調子が悪かったり、サーブで狙われて崩されても、選手交代で流れを変えることができなかった。

 そこに、今大会、狩野が加わったことは大きい。これまで代えることができなかった高橋、木村に代えられる選手が入ったことで、選手起用の選択肢が増えたのだ。

 最終予選2日目のプエルトリコ戦。第3セットのリードされた場面で、サーブに狙われていた高橋に代わって、狩野が投入された。第3セットは失ったが、一旦コートの外から冷静に試合を見ることができた高橋が、第4セットはコートに戻り、息を吹き返した。そんな展開も、ワールドカップではできなかったことだ。

 ただ、短時間の出場に終わった狩野は試合後、チームの勝利に安堵しながらも、悔しさをのぞかせた。

 「もう少ししっかり流れを変えないと。点差が離れていても、そこから逆転できるようにしないといけない」

 正確にサーブレシーブを返してからの素早い攻撃参加や、ブロックアウトを取るテクニックなど、本来の持ち味を十分発揮するだけの機会はまだ与えられていない。それでも、1試合毎に存在感を増している。勝利の瞬間、狩野がコートに立っている日も遠くはないはずだ。

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