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From:東京「高校野球の豪快さ。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/08/20 00:00

From:東京「高校野球の豪快さ。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

あまりの暑さに、家にこもって高校野球観戦の毎日。

見ていると、下位打線でもぶんぶん振り回す傾向があることに気づく。

そこには日本のサッカーには見られないダイナミックさがあるのだ。

 暑い。梅雨明け以来、日本列島は連日、猛暑に見舞われている。当初は、周りが暑い暑いと言っても「これくらいなら大丈夫、ハノイに比べれば……」と、アジアカップ帰りを気取ることができたが、さすがに最近は、その財産も底をついた気がする。クーラーをつけっぱなしのまま、自室に閉じこもりがちの毎日が続く。それで原稿書きがはかどれば、結果オーライになるが、ご存じの通り、僕はそこまで器用に切り替えが利くタイプではない。気がつけば逃避行動を起こしている。テレビのリモコンを手に取り、そして甲子園の高校野球に、チャンネルを合わせている。

 本日も日南学園対常葉菊川戦を、最後までじっくりと観戦してしまった。僕は静岡県出身なので、後者に肩入れするのが普通だが、この日の場合、日南学園の方に少しばかり気が傾いていた。人気ブログ「世界満腹紀行」の著者として知られるカメラマンKの息子さんが、そのベンチ入りメンバーの中に含まれているからだ。

 お父さんは、予選の段階から親ばかぶりを発揮。宮崎に何度も足を運んでいた。野球の写真をメインに撮るスポーツカメラマンなので、取材を兼ねてということなのだろうが、取材はあくまでもついで。応援まずありきが本心に違いない。もちろんお父さんは、甲子園にも出かけている。テレビ画面のどこかに、100キロを超す巨体の彼が、映り込んでしまうのではないかという期待?も、僕の観戦意欲を煽っていた。

 甲子園に限らず、スポーツイベントをテレビ観戦する際の、これはお楽しみの一つである。知人カメラマンを、画面の中に発見すると、僕はとても微笑ましい気持ちになる。その行動的な姿に、元気づけられるからかもしれない。いや、もっと単純な理由もある。公共の電波を通して発見した喜び、驚きだ。テレビには、そうしたパワーが相変わらずある。

 Kカメラマンの姿が、バッチリテレビに映し出されたのは、試合終了後。延長戦の末惜しくも逆転で敗れた日南学園の、そのダッグアウト前で、派手なオレンジ色のビブスを来たKを発見。というより、テレビカメラの視界を遮るように、デカデカと無遠慮に登場したのである。「こんな好試合を見た後に、お前の姿は見たくなかった、邪魔だよ邪魔」と、画面に向かって、毒づきたくもなったが、Kの真剣な表情を見ると、そうしたお笑いの乗りはどこかに吹っ飛ぶのだった。

 紅潮した面持ちで、シャッターを切るそのオレンジ色の巨体を見ていると、途端に厳粛な気持ちに襲われるのだった。そのレンズの先には、甲子園の土を涙を流しながらバックに詰め込む日南学園ナインの姿がある。そして、その中の一人にKの息子さんもいる。テレビの画面は、そうした感動的なシーンを、見事に捉えていたのだ。テレビカメラマンが、そのことを知るはずはない。実況が、それを説明したわけでもない。知っている人にしか分からないドラマ仕立ての物語が、偶然、公共放送の画面の中に映り込んでしまうとは。これもまたドラマだ。

 この試合は、展開そのものもドラマ仕立てだった。常葉菊川は、日南学園の先発左腕に完全に押さえ込まれ、8回まで0−3でリードを許していた。8回裏には1、2塁のチャンスを掴んだが、すでに2死。その敗色は濃厚だった。そこで、まさか本塁打が出るとは。

 打者は甲子園に来てベンチ入りした2年生の代打。次の打者に繋げるようなバッティングで、チャンス拡大を狙う。バットを短く持ってコツコツ当てる。これが甲子園の常道だ。しかしこの2年生は、バットを目一杯長く持って、のっけからバットをぶるんぶるん振り回していた。非高校性的な姿勢に、幸は微笑まないのではないか。そう思って見ていたところに、同点3ランが飛び出したのだ。常葉菊川は延長10回、その2年生がラッキーなタイムリーを放ち、試合を制したが、この逆転劇は、従来の高校野球とは、ずいぶん違っているような気がした。

 甲子園の高校野球をわりとしっかり見るのは、久しぶりなので、確信は持てないが、最近「コツコツ」野球は激減した気がする。下位打線でも、三振覚悟で思い切り振る選手が目立つのだ。送りバントも、スクイズも、無意味なセーフティバントも激減した気がする。「高校生らしさ」といわれたものはどこへやら。投手が投げるボールを、思い切りバットでブッ叩く、豪快な野球が主流になってきているように思えてならないのだ。

 だとしたら、サッカー界とは偉い違いである。日本のサッカー界は、相変わらず「コツコツ」いや、「パスパス」だ。それも大人のサッカーが、だ。アジアカップの日本代表のサッカーなどはその典型。世界的に見ても、極めて珍しい、好ましからざる「日本式」を披露してしまった。

 いっぽうで、最近の甲子園には、サッカー界が忘れている豪快さがある。リスクを覚悟したダイナミックなプレイが目立つ。それが高校野球の王道になりつつある。リモコンのスイッチを思わず付けてしまう理由は、暑さからの逃避だけではない。日本のサッカーに見慣れたものには、これはかなり新鮮に映る。それに知人カメラマン親子のドラマまで拝めれば文句なし。暑い夏に感謝したい。

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