カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:ロンドン「熱と臭い。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2007/10/30 00:00
火曜日と水曜日に続けてロンドンでCLの試合があった。
アーセナルとチェルシー。スタジアムに足を運ぶと、
両チームに昨季までとは異なるイメージを抱くことになった。
ヒースロー空港到着が早朝だったこともある。機内アナウンスから、現地の気温は3℃だと伝えられていたとはいえ、まだ10月なのに吐く息が真っ白という現実に直面すると、さすがにギョッとさせられる。地下鉄のピカデリー線に揺られること30分。アールズコート駅に到着するや、僕は持参したダウンジャケットをすかさず取り出した。
悪い気分ではない。むしろ旅行気分は、この方が盛り上がる。久しぶりに訪れたロンドンの新鮮さを、冷気が良い感じで後押ししてくれるのだ。そのうえ僕は、洋服を重ね合わせて着ることが嫌いではない。Tシャツと短パンの軽装より、重装備の重ね着を楽しみたいクチなのだ。「醜い体型を世間にご披露しなくて済むからだろう」という突っ込みが、どこからともなく聞こえて来そうだけれど……。
それはともかく、チャンピオンズリーグの試合が火曜、水曜2日連続ロンドンで行われた。ロンドン&リバプール、ロンドン&マンチェスターの組み合わせは、これまでにもあったが、ロンドン&ロンドンは、あまり記憶にない。今回、ロンドンを訪れた理由はそこにある。2試合続けて簡単に見られるから。理由は単純きわまりない。
ところが、日本人の数は少ない。サッカー観戦旅行客の姿を、ほとんど見かけることがなかったのだ。つい2、3年前なら、石を投げれば日本人に当たるではないけれど、街を歩けば、一目でそれと分かる日本人と頻繁にすれ違ったものだ。ユーロ高、ポンド高及び円安に原因はあるのだろう。いまが、欧州サッカー観戦に不向きな時代であることは間違いない。
何十年も前、つまり、欧州が遠い時代に逆戻りしたのかというと、そうでもない。円安と反比例するように、情報化社会は進んでいる。少なくとも、チャンピオンズリーグは、ほぼすべての試合をお茶の間観戦できる。情報もインターネットで検索できる。
「ダイヤモンドサッカー」のみに頼っていたかつてとは時代が違う。
いったい欧州は近いのか、遠いのか。行ってみたい願望が薄れたのならば、夢が失われ、頭でっかちになっているのならば、それは悲しい話になる。
アールズコートから地下鉄ピカデリー線で約30分。ヒースロー空港とは反対方向に同じほど乗車すると「アーセナル」駅に到着する。そこから徒歩5分の距離にある「エミレイツ・スタジアム」は、昨シーズンオープンしたピカピカのスタジアム。
だからというわけではないが、このスタジアムには「らしさ」というものがあまりない。良くも悪くも、臭みというものが一切ないのだ。なにより観客が静かなのだ。500m隣にあったかつてのホーム「ハイバリー」とは、まるで異なる、下世話さゼロの綺麗すぎる空気が漂っている。スラビア・プラハを7−0の大差で下したというのに、スタンドは弾けずじまい。ただ勝っただけではない。内容的にも、戦術的にもケチのつけようのない、アーセナルは今季の本命だ! と言いたくなる、完璧な勝利を収めたというのにである。
不思議でならなかった。いったいどうして。
完璧すぎて面白くないのだ。サッカーというよりパズル。無機質なのだ。感情を移入することができにくい超システマチックなサッカーをアーセナルは展開した。こんなチームに出くわしたのは初めての経験だ。理想的なサッカーが目の前で展開されているのに、僕の心も、満員の巨大スタンドも揺れないのだ。
アールズコート駅から「スタンフォード・ブリッジ」まで徒歩25分。電車ではディストリクト線で2駅の距離にあるのだが、それに3ポンド、つまり700円以上も払うことを馬鹿らしく感じた僕は、翌日、心地よい空気を吸い込みながら、チェルシー地区の住宅地をてくてく散策しながら、スタジアムへと向かった。
アーセナル地区のムードとは対照的だ。チェルシー地区には、それとは比べものにならぬほど、上品な空気が流れている。スタンフォード・ブリッジに漂う空気も、エミレイツ・スタジアムとは対照的だ。こちらは臭い。熱いのだ。フットボールグラウンド本来の匂いが、プンプン充満している。
高級とは言えない住宅地にある高級なスタジアムで戦うアーセナルと、高級な住宅地にある臭いスタジアムで戦うチェルシーと。
サッカーも対照的だ。チェルシーは2−0で勝ったが、シャルケ04に脅かされる場面は山ほどあった。チェルシーはアーセナルより明らかに弱そうだった。高級住宅地に不似合いな、田舎くさいサッカーをしていた。
スタンフォード・ブリッジのスタンドは、それでも滅茶苦茶盛り上がっていた。
昨季までなら、アーセナルとチェルシーと、どちらにシンパシーを抱いたかといえば、前者になる。アーセナルはいわば善玉で、チェルシーは悪役だった。その関係が、この2日間ですっかり逆転した。予想だにしなかった展開である。
テレビでこの2試合を見た人が、どんな感想を持ったか定かではない。「お前、ロンドンまで行って、なに見てきたんだ!」と、馬鹿にする人も少なくないだろうが、いっぽうで僕もこの試合を、テレビで見てみたい衝動に駆られる。“現場感”がない状態で、どう見えるのか。どんな感想を抱くのか。比較してみたい気がする。
そして最後に耳寄りな情報を一つ。僕の新刊『杉山茂樹の「史上最大」サッカーランキング』が近日発売になります。自分で言うのも何ですが、この本はオタク心を擽ります。オタクでない方も擽られると思います。是非!