EURO2008 最前線BACK NUMBER
スタジアム周辺に漂う濃厚なユーロの香り。
text by
横井伸幸Nobuyuki Yokoi
photograph byKazhito Yamada/KAZ Photography
posted2008/06/10 00:00
ウィーン空港に降り立っても、期待していた「ユーロへようこそ」の文字は見当たらなかった。ゲートからしばらく歩き、預けたスーツケースを引き取るホールまで行くと、ようやく垂れ幕が目に入る。
そう、ユーロはヨーロッパ内の大会。応援に駆けつける人々は飛行機など使わず、たいてい陸路でやってくるからだ。
試合日だというのにやけに静かな空港を見たときは心配したが、鉄道駅の方は喧噪と“赤”に占められていた。市松模様でお馴染みのクロアチアの赤と、地元オーストリアの赤。到着した列車から、それぞれのユニフォームを着た老若男女が続々と現れる。
欧米の大人を羨ましく思うのは、この手のお祭り的イベントのときだ。彼らは、いくつになっても無邪気なところを失わない。
地下鉄駅でのこと。見たところ50を軽く越えているであろう男性数人が、十代の若者と一緒になって歌っていた。全員オーストリアの赤を着ている。キックオフまで時間はまだたっぷりあるのに、すでに赤ら顔だ。
そこに、ポルトガル国旗を身体に巻き付けた2人組が歩いてきた。
50オーバーの1人が声を上げた。指さしていたので、おそらく「あ、仲間発見!」というような意味だったのだろう。そして次の瞬間ポルトガル組の方へ歩み寄り、嬉しそうに握手の手を差し伸べていた。
これを“酔っぱらいがいる光景”とし、顔をしかめてしまう人は、日本的な大人だ。間違っているわけではないが、ちょっと寂しい。
一方、ここでは通りすがりの老女までが楽しそうに微笑んだ。男連中から伝わってきた高揚感を素直に受け入れたに違いない。男ともどもあまりにも幸せそうな顔をするので、傍観しているこちらまで幸せになった。
日本から遥々オーストリア(とスイス)まで来たのは、もちろん最高のサッカーを観るためだが、こうした雰囲気を味わうのも目的のひとつだ。本当は彼らと同じように、よく冷えた黄金色のヤツを昼間からぐいぐいやって、大会をとことん楽しみたいのだが、そうもいかない。そこで、試合会場周りに漂う浮かれた空気を、機会あるごとに胸一杯吸い込んでやるつもりでいる。
試合終了後、電車に乗って別の町へ行くと、同じ国のはずだが、そこにはオーストリアの日常らしき夜しかなかった。“現場”はやはり特別だ。