レアル・マドリーの真実BACK NUMBER

鬼のルシェンブルゴの来襲。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2005/01/12 00:00

鬼のルシェンブルゴの来襲。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 ロナウドが芝生の上に這いつくばり肩で息をしている。それを傲然と見下ろす腕組みの男――。

  「秩序」「団結」「鍛錬」「プロ意識」を要求し、たるんだ“銀河系の戦士たち”に鉄槌を下すために現れたブルドーザー――。

 朝夕2回の練習を強制し、ミニ合宿を強行。いきなり厳しいフィジカルトレーニングを課して、ロナウドをKOした有言実行の鬼――。

 叫び、跳び、腕を回し、勝利のゴールにベンチで雄たけびを上げる闘将――。

 この男には見覚えがある。

あのカマーチョが帰ってきた!

 ……のではなかった。ルシェンブルゴの登場だ。

 私は昨年9月29日の「カマーチョ電撃辞任の真相」でこう書いた(以下、同記事からの引用)。

 監督には大別して“仏”と“鬼”の2つのタイプがあると思う。

  “鬼”とは、『規律重視、フィジカルトレーニング重視、非情な采配、厳格な戦略・戦術……』等を特徴とする監督たち、“仏”とは、『自主性尊重、ゲーム形式の楽しい練習、温情采配、個人技重視…….』等を特徴とする監督たちだ。日本代表で言えば、トルシエは鬼でジーコは仏だ。

 好々爺のようなビセンテ・デル・ボスケ、無口なダンディー、カルロス・ケイロスと“仏”タイプが続いたレアル・マドリーにとって、カマーチョは久々の“鬼”タイプの監督だった。

(中略)

 カマーチョの後任には助監督だったガルシア・レモンが就いた。彼は私の住むサラマンカで監督経験がある。口髭がデル・ボスケを連想させるが、その指揮ぶりも柔和な性格もよく似ている。

  “鬼”が去り、“仏”がやって来た。“銀河系の戦士”には、もう言い訳は残っていない。

(引用ここまで)

 つまり、レアル・マドリーの監督起用のストーリーとは、以下のように要約できる。“仏”ケイロスで緩んだタガを締め直すべく“鬼”カマーチョが就任。それが挫折すると“仏”ガルシア・レモンにいったん寄り道、そしてまたもや“鬼”のルシェンブルゴに戻った、と。

 それにしても、ガルシア・レモンの後任ルシェンブルゴの特徴が、あまりに見事に“鬼”タイプなのには笑ってしまった。

 とはいえ、カマーチョとルシェンブルゴには大きな違いが3つある。

 1つは、ブラジル人であること。

 代表チームで一緒だったロベルト・カルロスは早くも「レアル・マドリーにとって最高の監督だ」と最大の賛辞を捧げている。カマーチョは銀河系の戦士とソリが合わず辞めたが、ロベルト・カルロスは批判の急先鋒だった。“鬼”の厳しさは選手に反発を買うのが常だが、今回は彼とロナウドという味方がついている。これは有利な材料だ。

 「ロナウド、イホ・プータ(スペイン語最悪の罵り。ここでは仮に『馬鹿』と訳しておこう)、下がれ!」と練習中怒鳴ったらしいが、ここにも「銀河系も糞もあるか! もっと動け!」(カマーチョ)との明らかな共通点が見られる。が、違いはその受け取られ方だ。

 2つ目は、実績が違うこと。

 「実績」と言っても、ブラジル代表うんぬんの話ではない。“鬼”カマーチョの首を切った銀河系の戦士たちが、もろ手を挙げて迎えた“仏”ガルシア・レモンの下でも、チーム成績もプレー内容もさっぱりだったという「実績」だ。

 超タレント軍団の長には、厳しく締めつける“鬼”ではなく自由にやらせる“仏”が相応しいという、意見が根強くある。最後に成功したデル・ボスケが“仏 ”タイプだったからだ。最近でもレアル・マドリー、ミランで活躍したフェルナンド・レドンドが、そんな趣旨のコメントをしていた。

 だが、選手が歓迎したはずのガルシア・レモンでも転落は止まらなかったのだから、もはや“鬼”で行くしかないではないか。先の引用とおり、「“銀河系の戦士”には、もう言い訳は残っていない」のだ。

 3つ目は、戦略を徹底的に叩き込む覚悟の差だ。

 「こんなに戦略に時間をかけるのはカッペロ以来だ」とグティが振り返っているから、1996-97シーズン以来、実に8シーズンぶりということになる。

 みっちり2時間丸ごと戦略・戦術に費やすこともある、その中身はどんなものか?

  ある日のメニューは、1.ボールへの集団での寄せ 2.コンパクトスペースづくり 3.ダブルボランチの連携 4.サイドバックの攻守バランス、だったらしい。

 思わず吹き出しそうになった。

 そして、練習を見に行かなかったことを後悔した。

 なぜなら、1.ボールへの集団での寄せ――ラインを維持しながら、ボールの方へ移動し数的有利を作る――というのは、私が小学生(10、11歳)に一番最初に教える守備戦略なのだ。銀河に輝く戦士たちに、こんな小学生レベルの戦略を復習させたルシェンブルゴのこだわりは相当のものだが、さすがにその光景は滑稽だったに違いない。執拗に反復練習させられたパボンは、「忘れていたことを思い出した」と評価したが、そりゃそうだろう、子供の頃のことなんだから。

 いや、真面目な話、2.コンパクトスペースづくり 3.ダブルボランチの連携、加えて徹底的に鍛えているというセットプレーなどは非常に重要であり、切羽詰ったルシェンブルゴが大急ぎで取り組んでいるのがわかる。その努力は買いたい。

 ちなみに、戦略家の先人カッペロは、リーグ優勝を果たすもその年限りでレアル・マドリーを去っている。ファンからは「プレーが面白くない」とそっぽを向かれ、選手からは厳しさが嫌われた。ルシェンブルゴが同じ道をたどるとすれば、それは本望であり、フロントの決断は大成功だろう。

 銀河系の戦士たちの緩んだタガを締め直すために、弛緩した心と体を叩き直すために、短命カッペロとカマーチョの無念を晴らすために、新たな“鬼”がやって来た。

 面白くないとか、厳しすぎるとかは贅沢。

 今回はもう待ったなしだ。

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