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vs.クラシック・オールブラックス W杯への収穫と課題。
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
posted2007/05/31 00:00
キックオフの3時間前には、すでに当日券を求めるファンの行列ができていた。
開門。ざわめき。早足。会話の声音も何だか高く聞こえる。
5月12日。秩父宮ラグビー場。かつてNZ代表オールブラックスで世界を震撼させた英雄たちがズラリ並んだ、クラシック・オールブラックスの来日第2戦にして最終戦。迎え撃つは日本代表XV。相手がナショナルチームでないため、正式な代表こそ名乗らないが、中身は正真正銘この9月にフランスで開かれるW杯を目指す日本代表そのものだ。日本代表HCでありラグビー王国の英雄ジョン・カーワン(以下JK)が「W杯で決勝トーナメントに進むため、起爆剤になるマッチメークが必要」と訴え、選手の一部には自ら参加を呼びかけて実現させたドリームチームとの激突に、秩父宮ラグビー場は2万0023人の観衆で埋め尽くされた。
無論、ファンのお目当てのひとつはラグビー王国のスーパースターたちだ。“怪物”ジョナ・ロムー。“キング”カーロス・スペンサー。クルセイダーズをスーパー12(現スーパー14)の常勝軍団に導いたジャスティン・マーシャルとアンドリュー・マーテンズのハーフ団──今では欧州に本拠を移したレジェンドたちの、NZ本国でも実現しそうにない共演を直に見られるのだ。
だがスタジアムを包んだ熱の理由はそれだけではなかった。3日前、神戸ユニバーで行われた来日初戦で、ジャパンが期待感を持たせる戦いを見せたからだ。
5月9日。神戸での第1戦。
日本は開始13分で司令塔のジェームズ・アレジを左足骨折で失い、20歳になったばかりの小野晃征がSOに入った。ラインアウトは半数以上を奪われた。しかし深紅のジャージーで登場したジャパンは、そんな不測の事態にも動じないタフな戦いを見せた。
開始2分に先制されたが、そこから2人がかりのタックルを見舞い続けてターンオーバーを連発。前半15分にはマーテンズにトライ目前まで攻め込まれながら平浩二が足首を刈って倒し、クリスチャン・ロアマヌのジャッカルでボールを奪うと、自陣ゴール前から大西将太郎がライン裏にキック。どんぴしゃで拾った右WTB遠藤幸佑が、内から追うスペンサーの顔面にハンドオフを浴びせ、突き落とす。60m独走のパワフルな逆転トライに、平日ながら駆けつけた1万人の観衆は立ち上がって大声をあげた。再逆転された後半も26分、途中出場のCTB今村雄太のトライと小野のゴールで2点差に肉薄。突き放された後半ロスタイムにはゲームキャプテン大野均が漆黒のインゴールへ突き刺さった。ファイナルスコアは26対35。
試合後、NZの会見では日本への賛辞が続いた。'87年のオールブラックス初来日でも監督を務め、日本を74対0、106対4で蹴散らしたジョン・ハート監督は「以前は闇雲にボールを動かしていた日本が、コンタクトエリアでも冷静に試合を組み立てられるようになった。フィジカル面ですばらしく進歩した」と賞賛。主将のマーテンズも「日本はブレイブブロッサムズの異名通り、何も怖れずコンテストしてくる。こっちも身体が痛い」と振り返った。社交辞令も含まれていたにせよ、声には実感がこもっていた。
続いて日本の会見。JKは「今日のパフォーマンスにはハッピーです」と切り出した。
「ラインアウトのミスと、50/50のパスでチャンスを潰したことは改善しなければならないけれど、これだけの相手にいいディフェンスができた。試合後のロッカーでも、選手が口々に『ここからスタートだ』と言っていた。まさにこういう経験を積むことが、この試合を組んだ狙いだったのです」
ただし、選手はそこまでハッピーだったわけではなさそうだ。ゲームキャプテンとして会見に出た大野は「このゲームを組んでくれたJKには本当に感謝しています。でも、勝てるチャンスを逃したのは大変悔しい」と厳しい表情で言い、口をつぐんだ。
勝ち損ねた──選手は概ねそう感じていた。スペンサーを倒して圧巻のトライを決めた遠藤さえ「今日の出来は50点」と顔をしかめた。「相手はスピードがないから怖くなかった。去年のパシフィック・ネーションズ杯で対戦した相手の方が数段強かったですよ」
ならば、なぜジャパンは勝利を掴めなかったのか──キャプテンながらこの日はベンチスタート、後半15分から途中出場したNo・8箕内拓郎が振り返る。
「向こうは明らかに疲れていた。でもそれをカバーできる選手がいたということです」
日本が速いテンポでボールを出し、連続攻撃を仕掛けたらついてこられないだろう……肩で息する黒いジャージーを見ればそう思う。だが彼らは生命線のブレイクダウン(タックル成立後のボール争奪戦)で執拗にからみ、プレッシャーをかけ、日本のボール出しを遅らせた。その間に危険なエリアには誰かが必ず身体を運んだ。チャンスと見れば、ついさっきまで膝に手をついていた中年男が全速力で芝を駆けた。
当たり前だが、ラグビーは疲れたら負けを宣告されるゲームではなく、点数を競うゲームである。チームのほとんどが疲れて動けないときでも、誰かがカバーすれば失点することなくゲームは続く。最後は「ここぞ」の場面で点を取ったチームが勝利する。その鉄則は、W杯でのギリギリの勝負(をジャパンが演じられるなら)でも必ず直面する。速さで勝負しようとする日本に対しては、世界中どんな国だって同じ手で来るのは明白なのだ。
「勝ち損ねた」と舌打ちする選手たちと「このプレッシャーを経験したことに価値がある」とするJKのスタンスには、微妙な温度差があったかもしれない。
(以下、Number679号へ)