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川口能活 「いいから攻めろ、守りは大丈夫だから」 

text by

戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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photograph byNaoya Sanuki

posted2008/02/28 16:17

川口能活 「いいから攻めろ、守りは大丈夫だから」<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

 監督の戦術を語るのに、もっともふさわしいのはボランチの選手だろうか。「申し子」という表現がしばしば使われるように、攻守を司るこのポジションは、ひと際高い戦術理解度が求められるからだ。

 しかし、岡田武史監督率いる日本代表では、この男も外すわけにはいかない。フランスW杯への道のりをともに歩み、本大会でレギュラーとしてプレーした川口能活である。彼なら指揮官の心理を推測するだけでなく、歴代の代表監督との比較も可能なはずだ。

 ホームにタイを迎えたW杯予選は、4-1の快勝に終わった。内容に対する不満も噴出した一戦だが、川口は前向きにとらえている。自らの経験に照らし合わせると、こんな評価になるのだ。

 「W杯予選の初戦で大勝するのは、いままでの日本代表ではなかった。ほとんど1点差のゲームですからね。過去の歴史を見れば、スタートとしては悪くないと思う。結果と内容の両方を問うのは、まだまだ早いですし。岡田さんが監督になって3試合目で、いきなりシビアな試合をしなきゃいけなかったというのもある。しかもタイは、いいチームだった。決して楽な相手ではなかったですよ。僕自身は失点をしたので、満足はできないけれど」

 世界的にはまったく無名のティーラテープ・ウィノータイというFWは、世界レベルのGKをも悩ませるシュートを放ってきた。弾道の予測が難しいブレ球である。「ドイツW杯で使っていたものより、いまのボールはさらにブレて変化するんですよ」と、川口は控え目に解説した。

 もう一歩下がっていれば、シュートの軌道を修正できたかもしれない。しかし、シュートではなくスルーパスを通されたら、一歩下がったポジションで対応できたかどうか。すぐに答えは出なかった。「早くDVDで確認したいんです」と言う。

 現時点ではっきりしているのは、通常の失点とは異なる意味を含んでいるということだ。岡田監督が示す方向性を意識すると、自分に厳しくならざるを得ないのである。

 「確かにいいシュートだったけど、あれは防ぎたいんですよ。リスクを冒して勝ちにいく岡田さんのサッカーでは、ああいうシーンが今後も出てくると思う。同じような形でシュートに持ち込まれることが。そこで失点しないようにしなければいけない。W杯予選を戦っていくうえで、ああいうこともあるということを、僕もチームも思い知らされた。そういう意味では、今後に役立つかなと。あくまで、結果論ですが」

 ボランチは1枚が基本で、サイドバックが同時に上がるのも状況次第で許される。岡田監督の持ち出した戦術は、ゴールを守る立場の選手には少しばかりやっかいだ。

 ところが、川口の表情に陰りはない。むしろ意欲的である。

 「リスクを負って攻めるぶん、守備の選手にプレッシャーはかかりますが、それでも防ぎ切る強さが求められる。ブレ球じゃないミドルシュートもあるでしょうから、ああいう場面でもっと寄せるように指示することも大事ですね。自分としては、守備範囲を広く持つ意識はあります。前がかりになることもあるから、DFとの距離をしっかり把握して、MFともうまく連携して守れるようにしたい。そうやってリスクをコントロールして、『いいから攻めろ、守りは大丈夫だから』という安心感を、チームに浸透させていきたい」

 フランスW杯出場を目ざしていた当時も、守備範囲の広さは川口のキーワードだった。32歳のベテランの言葉から、20代前半の彼自身が浮かんでくる。

 「アグレッシブにやれ、怖がるな、リスクを負ってプレーしろ。岡田さんの一言ひと言は、ずいぶん僕を後押ししてくれる。それは、本来の僕のスタイルでもあるし。10年前のそういうところを、思い出してきていますね」

 記憶の片隅にしまってあるフランスW杯予選が、鮮明なイメージとして引き出されていく。あの当時も、と川口は続けた。

 「岡田さんはすごくリスクを背負ってたんですよ、いま思えば。ウズベキスタンとUAEに引き分けて、そのあと韓国に2-0で勝った。そのあたりから岡田さんは、すっごい開き直ってリスクを冒していた。ジョホールバルのイラン戦も。やっぱりそれが、岡田さんのスタイルなんだと思う」

 2008年の日本代表を率いる岡田監督も、リスクを冒すことを厭わない。方向性は前回同様と理解していいのだろうか。川口はほとんど間を置かずに答えた。

 「10年前の練習を何となく覚えてますけど、やり方としてはあまり変わってないかな。すごくシンプルですよ。『接近・展開・連続』にしても、ごく当たり前のことでしょう。それがすべてじゃなくて、緩急を織りまぜたりして使い分けるわけだから。そもそも僕らには、そういう言葉は使ってなくて、練習のなかで身体に染み込ませている。もちろん、練習ごとにテーマを掲げることで、ベクトル合わせはしていますけどね」

 オシム前監督からの継続性はどうだろう。ここでも川口は言葉に詰まることがなかった。

 「やっているサッカーは、そんなに変わらないでしょう。オシムさんが築いたものは非常に大きなものだし、それは選手も強く感じていたところ。パススピードを速くする、相手よりとにかく走るといったことは、岡田さんもオシムさんも変わらない。後方からビルドアップする、サイドチェンジを使うといったことも。GKについて言えば、つなぎに参加していくのはこれまでと同じで、ケースバイケースで蹴ることがあってもいいと」

 流れのなかでの要求は、前監督にほぼ重なる。違いがあるとすればリスタートだろうか。

 「そこはすごく細かくなったと思いますね。CKとかFKだけでなく、スローインからの展開は、これまでに比べると良くなったんじゃないかと。ピンチにもチャンスにもなるんですよ、スローインって。ボールがアウトすると一瞬、集中力がキレますから。そこでこっちはスキをついていくんだ、と。そういう姿勢は見えた」

(以下、Number698号へ)

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