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カルレス・プジョル 「戦いの後に残った不信」
text by
エバ・トゥレガノ/べスレム・ボロナットEva Turegano/Bethlem Boronat
posted2005/03/31 11:10
事実上の決勝戦と謳われたチェルシーとの戦いを前に、主将であるプジョルは、次のように切り出した。
「僕をはじめ、欧州に生まれ、欧州でプレーする選手は、実はチャンピオンズリーグといっても、あまり特別な意識はもっていないんだ。更衣室の雰囲気も、いつもの試合と変わることはない。しいて言うならばバルサの場合、ロナウジーニョやベレッチ、マルケス、エトーといった、欧州以外から来た選手が、すこし緊張しているくらいだよ。ただ、チェルシーとの対戦は、ピッチの外が騒々しい。いや、その意味では、特別な試合なのかもしれないね」
カンプ・ノウ近くで、愛車のBMWに乗り込みながら、プジョルはサポーターに手を振ってこたえていた。バルセロナは、UEFAカップの戦いから抜け出し、久々にCLの決勝トーナメントに戻ってきた。カンプ・ノウがCLの舞台となることを、サポーターは喜び、街中が興奮していた。
しかし、そのお祭り気分は、チェルシーの監督であるモウリーニョが、試合前に発した言葉によって、一瞬にして消し飛んでしまった。
「バルサは、100年間でたった一つのヨーロッパチャンピオンズカップしか取れていない。私はこのカップを、1年で手にした。ライカールト監督は、いくつのカップを手にしたのかな?」
モウリーニョは'99年、ファンハールが率いていたバルサで副監督を務めていた。地味な存在だった彼が、FCポルトをヨーロッパチャンピオンへと導き、チェルシーの監督として、カンプ・ノウに戻ってくるとは、誰もが予想していなかった。
そのモウリーニョの侮辱的な発言もあり、この戦いには、憎悪や因縁が渦巻き始めていた。だが、プジョルだけは落ち着いて試合を迎えていた。
「モウリーニョの言うとおり、ここ数年の彼の実績は、サッカー界全てが認めるところだ。もちろん、バルサにいたころから、彼のアイデアは面白く、只者ではなかったよ。地味だったポルトを上手くまとめ上げ、強いチームにした。そこからチェルシーへ行ったのは、誰もが理解できる。引く手あまただったんだろう。
だけど、試合で戦うのは選手であって、監督ではないんだ。選手同士の勝負が結果を導く、それがフットボールだ。僕が知る限り、モウリーニョは、選手のモチベーションのケア、試合前のチーム作りが上手い。こういった発言を通じて、チームのモチベーションを高めていくのも、戦略の一つなんだろう。
僕たちバルサは、このカップを手にするために100年かかったかもしれない。だけど、敬意を持つべき対戦相手に発するべきコメントだろうか。あまりにも無神経すぎる発言だったと思うね。チェルシーには素晴らしい選手がいるけど、フットボールへの愛は足りないね」
迎えた第1戦。チェルシーに先制されながら、バルサはマキシ・ロペスとエトーのゴールで、逆転勝ちを収めた。
「公式な公開練習をクローズしたり、会見でスタメンを発表しながら、実際は変えてくるといった、そういう行動が僕には理解できない。監督がこういった出方をするのは、たいてい自信を持てないときだよ。でも僕たちは、相手が何を言おうと、どんな出方をしてこようと、ピッチ上のプレーで答えるのが方針なんだ。それは今日の試合で理解してもらえただろう。
試合ではオウンゴールで1点を失ったこともあって、いつものように波状攻撃にいくしかなくなった。後半、チェルシーは守備的になったけど、僕らはゴールチャンスを探っていた。ゴールは二つだったけど、得点が生まれる可能性は、もっとあったんだ。ただそんな中、ピッチに入ったマキシ・ロペスが試合の空気を変えてくれた。2点目のアシストも彼だった。一人一人が重要な役割を果たす気持ちをもっているバルサにおいて、控えとレギュラーの線引きはないんだよ。この勝利は、ライカールトが、困難な試合でうまくベンチを動かした結果だと思う。まさに選手と監督が一体になっていたんだ」
勝利の安堵もあり、プジョルはいつも以上に饒舌に語っていた。しかし、試合終了と同時に起こった“ある事件”については、怒りの表情を浮かべたのだった。
事件とは、モウリーニョが、「ライカールトにピッチから控え室へ戻るトンネルで蹴られた」と主張し、さらに、「ライカールトがハーフタイムに審判の更衣室を訪れた」とその行動を非難したことである。その後、彼は自身と選手への取材を一切拒否して、帰国の途についた。
「このことに関しては、口にしたくないんだ。何故チェルシー側が、こういったことで騒いでいるのか、その真意が分からないよ。僕らが知っているのは、UEFAからの報告だけだ。現場に居たUEFAの役員は、ライカールトが暴力を振るったというような行為は、何も見ていないと言っていた。
ライカールトは更衣室に立ち寄ったかもしれない。けれども、それは挨拶をするためだけだった。知り合いが久々に再会したら、挨拶するのはおかしくないことだろう。それ以上のことは何もなかったんだ。
メディアをはじめ、社会生活を営む人々は、憶測でものを語ってはいけない。みんなライカールトの人柄を知っているはずだ。落ち着きのある、静かな、温厚な人間だ。八百長を持ちかけたり、審判にゴマをすったり、ましてや誰かに蹴りを入れたりするなんて、想像もつかないよ。彼の人間性からは考えられない」
「ピッチ外の話はこれくらいにしよう……」と、寂しくつぶやいて、プジョルは家路を急いだ。
(以下、Number624号へ)