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高木琢也 手探りで得た信頼と成果。 

text by

井川仁

井川仁Jin Igawa

PROFILE

posted2006/09/28 22:29

 スタンドから注がれるサポーターの声援をかき分け、試合開始を告げる笛の音が鳴り響く。同時に、一度はベンチに落ち着いた188cmの体が起き上がり、テクニカルエリア前線へと歩みを進める。そして、選手の動きに細部までアンテナを張り巡らし、指示をする。90分間、目の前で走る選手と魂を共有するかのように、その大きな体がベンチに腰を下ろすことはほとんどない。

 電撃的な監督就任からはや半年が経過し、総指揮数は40試合近くとなった横浜FC監督高木琢也のこの姿は、今では馴染みの光景となっている。

 今季、高木は「トップチームコーチ」として横浜FCに加わり、昨季から指揮を執る足達勇輔監督の下、チーム作りのサポートにあたっていた。だが、横浜FCはプレシーズンマッチや練習試合でJ1やJFL所属チーム、大学生などと対戦し、満足な結果を得られなかった。チームの雰囲気は沈みがちで、トレーニングにも活気はなかった。

 不安を抱えたまま臨んだ3月4日の開幕戦(対愛媛FC)、結果は0-1に終わった。長いリーグ戦においては、1つの「負け」に過ぎなかった。だが、横浜FCフロント陣は昨季(12チーム中11位)の悪しき流れが続くのでは、という懸念が拭えず、同月6日、わずか1試合での「監督解任」という荒療治を決行した。

 時を同じくして、高木の元には「監督就任」の打診が舞い込んだ。驚きと同時に様々な思いが渦巻いた。プロの舞台での指導者の門を叩いたばかりの高木は、監督は現場経験を積んだ上で挑戦したいと考えていたからだ。

 また、監督とは、「就任した瞬間から次のイベントはチームを離れることしかない。それに向かって毎日をこなしていく」とも言われている難しい職業でもある。高木自身も、責任の重さは計り知れない仕事だと認識していた。

 「YES」か「NO」か。自問自答を繰り返すが、チームはオフ日明けの7日から次の試合に向けて準備に取り組まなくてはならない。試合は数日後に迫っている。そのとき、高木の脳裏をひとつの思いがよぎった。

 「ゲームは待ってくれない。選手たちはそこにいる。じゃあ誰が監督をやるのか。自分しかいない。目の前にいる選手を見捨てるわけにはいかない」

 覚悟を決めた。そしてJリーグに“高木琢也監督”が誕生した。

 監督初日となった7日、練習グラウンドのしんよこフットボールパーク。リーグ戦1試合での監督解任というJリーグ史上稀に見る出来事に、現れた選手たちの動揺は隠せなかった。高木は落ち着いた口調で思いのままを告げた。

 「次のサガン鳥栖戦まで短い時間でしか準備ができないが、俺はお前たちを信じている。だから、俺を信じてほしい」

 うつむき加減だった選手たちは、顔を上げた。若手選手の代表格でもあるGKの菅野孝憲は「あの時期、ドン底まで行っていたというか、自信を若い選手とかはみんな失っていた。だから、高木監督の『信じてほしい』というシンプルだけど気持ちのこもった言葉で『気持ちを切り替えて頑張ろう』と思った」と当時の状況を話す。選手たちは、数日後に迫ったリーグ戦に向けてトレーニングを開始した。

 しかし、再びチームが動揺しかねないことが起きた。若手からの信頼が厚く3季連続キャプテンを務める城彰二が、「キャプテンを降りたい」と高木に伝え、練習を途中で切り上げるとグラウンドを後にしたのだ。城はこう振り返る。

 「僕は足達監督と心中するくらいの気持ちでやっていたし、監督だけではなく選手にも責任があると思っている。監督解任はクラブとしての決断ではあったが、自分の中でどうしても許せないものがあった」

 若くして世界の舞台に立つなど様々な経験をしてきた城の責任感故のけじめでもあったのだろう。

 高木は、城の思いがわかった。しかし城の力は必要だった。日を改めてふたりだけで話す時間を設けると、語りかけた。

 「彰二の力は、チームには必要なんだ。引き続きキャプテンをやってほしい」

 城は、高木の飾り気のない、純粋な気持ちがつまった言葉に心を動かされた。「この人の下、新たな気持ちで、自分自身がこのチームにできること、できる限りのことをやろう」と、チームの軸となることを高木に誓った。

 高木流のチーム作りが始まった。まず戦術面でアプローチをかけていった。これまでチームは、「リスクを冒してでも攻撃にいく」スタイルの構築を図っていた。だが、形を作る上での約束事が山のようにあり、選手たちは混乱してグラウンド上で立ち尽してしまう場面がしばしばあった。高木は、無数の約束事を簡素化した上で、その徹底を図った。重きをおいたのは「守備」だった。

 現役引退後、解説者となり、あらゆるカテゴリーのサッカーを解説してきた高木は、J2というカテゴリーでJ1昇格を成し遂げたチームに共通する特徴をすでに把握していた。

 「失点の少ないチームがいずれも上位に行っていた。攻撃は実は手が付けにくく形になるまで時間がかかる。守備は11人全員が意識すればできる」

 まずは「守備のブロックを作る」意識を徹底させた。自陣でしっかりと守って、ボールを奪ったら再度、陣形を整えてボールを前に。最後は突破力のある選手にあずけてゴールを狙う。こうして戦術のベースを築いていった。

 また、選手の特徴を引き出すことにも努めた。シーズン前半在籍していたスコットランド人DFのトゥイードは、守備ラインが高くなると落ちつかなくなるところがあった。すると、「英国圏では、ラインの押し上げからアップダウンをうまく行うチームはほとんどない。その代わりに英国圏の選手は相手から入って来たボールに対してがっちりと跳ね返して強く対応する特徴があったな」と、自身の解説者時代の経験を思い返し、思い切ってトゥイードの位置を下げた。彼は自陣に入って来たボールにことごとく反応し、本来、持ち合わせていた強さを惜しみなく発揮した。

(以下、Number662号へ)

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