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高原直泰 今の自分ならきっとやれる。
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
posted2007/04/05 23:30
スタジアムのロッカールームで、高原直泰がドイツ人の輪のど真ん中にいた。3月10日、土曜日の夜のことだ。
国営放送ARDは、毎月、月間最優秀ゴール賞を視聴者の投票によって選定している。2月には、ドイツ杯の高原のボレーシュートが候補のひとつに入った。右サイドからのクロスを、スライディングしながら合わせたスーパーゴールだ。
候補が発表された直後から、高原への投票が殺到した。ARDの人気番組“スポーツシャウ”の最後に結果が発表されるのだが、金曜日の時点で高原は2位のシュナイダーに12%の差をつけて首位を独走。そこで急遽、撮影の場が設けられたのである。
発表を待つ間、ベンチに腰掛けた高原を中心に会話が盛り上がった。もちろんすべてドイツ語で。
「タカ、日本代表の試合はいつあるんだ?」
「24日の土曜。その1試合だけ」
「リーグへの影響が少なくていいな」
「まあ、いつドイツに戻るか、まだわからないけどね」
最近、高原のしゃべり方が変わってきた。ヨーロッパの人のように、ときどき肩をすくめながら話すのだ。日本語で話すときも、そういう欧米式のジェスチャーが消えないところがおもしろい。
7時40分、ついに発表のときがきた。その場にいた全員の視線が、TVに釘付けになる。
「1位は……シュナイダーのゴールです!」
フランクフルトの広報が絶叫した。「ありえない!― スキャンダルだ!」
のちにわかったことだが、番組中の投票のほとんどがシュナイダーに集まり、土壇場で高原は逆転されてしまったのだ。
ただ、当の高原は意外にさっぱりした様子で、がっかりしたTVクルーを励ましていた。
「まあ、ベストゴールよりも、今シーズン何点取れるかが大事ですから。チームがいま残留争いをしているので、まずは降格しない順位にしなければいけない。あんまり賞っていうのは気にしていないですよ」
TVクルーとハグをかわした高原は「次のバイエルン戦でがんばります」と言って、ロッカールームから出て行った。伝統ある賞を逃したのは残念だが、試合に出られずに苦しんでいたときの苛立ちに比べれば、はるかにすがすがしい悔しさではないか。
10(ブンデスリーガ)+4(ドイツ杯)+2(UEFA杯)=16点。
今季の高原のゴール数だ。中田英寿の10点を超えて、日本人のヨーロッパの1シーズンにおける最多記録を更新した。この調子ならブンデスリーガの得点王だって夢じゃない。
そういえば、「スシボンバー」という悪意がこもった呼び名を使うメディアもほとんどなくなった。ハンブルガーSV時代、高原は
「オレがスシなら、イタリア人はピザ・ボンバー、ドイツ人はソーセージ・ボンバーだ」
と怒っていたことがあったが、ゴールを量産して、ついにネガティブなイメージを葬り去ることに成功した。ARDのレポーター、ルーディア・シュマルツも、高原に懐疑的だったことを反省するひとりだ。
「高原がフランクフルトに来たときは、正直、期待してなかった。韓国代表の車ドゥリに続いて、第2の“チャンスキラー”が来たぞ、と。しかし、実際は違った。チャンスを生かしてチームのエースに成長した。もっとドイツ語を上達してもらって、いろんな話ができるようになるといいね」
試合前に高原とパス練習をしているチームのアシスト王、シュトライトはこう言う。
「ロッカールームでタカは、いつも静かだよ。ときどき、どこにいる?― って思うくらいに(笑)。でも、ピッチでは誰よりも闘うし、結果を出す。それがタカさ」
それにしても昨季は1得点しかできなかったというのに、いったい何が変わったのだろうか?
今季好調なのは、生活のサイクルが安定したことが大きい、と高原は考えている。
「試合に出られる確証があるので、1週間の練習のなかで今日はガンガンやるとか、試合が近づいてきたら緩めるとか、コントロールできるようになった。だから、試合のときにトップに持っていける。ハンブルクのときは毎日100%でやんなきゃいけなくて、逆に試合のときにコンディションが悪くなってましたから。その差は大きいですよ」
“オレ流”調整とでも言おうか。試合の翌日、チームメイトとともに森を走ったあと、高原はひとりでプールに通ってクールダウンしている。レギュラーの保証があるので、練習ではアピールすることは考えず、自分の課題に専念できるようになった。
また、ピッチの上で図々しくなったことも、理由のひとつだろう。
最近高原は汚いファウルをされると、ものすごい形相で相手に文句を言うようになった。「まあ、フツーのことです」と高原は言うが、ハンブルガーSV時代には見られなかった光景だ。
チームメイトにも、遠慮なく要求するようになった。バイエルン戦にそなえて、ミニゲームをやっていたときのことだ。左サイドバックのシュピーヒャーのところに詰めより、大声で議論を始めた。スイス代表のシュピーヒャーは困惑していたが、それでも高原は主張し続けた。
高原は言う。
「引いて守るのはいいけど、あまりにも引きすぎて、プレスにいかなきゃいけないところで誰もいかない。だから好き勝手にやられてしまう。プレスにいかないと、簡単にやられちゃうよって言ったんです」
最近、試合後に高原の声がガラガラに嗄れていることが多い。
「誰がフリーだとか、マークにつけとか、指示を出すだけでも全然違いますからね。必要なことです」
高原はジュビロ磐田時代にさんざんドゥンガに怒鳴られ、そのときは腹が立ったが、今では感謝しているそうだ。さすがにドゥンガの闘将レベルには及ばないが、このまま経験を積めばドゥンガイズムの継承者になれるかもしれない。
(以下、Number675号へ)