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スポーツの秋を映画で楽しむ。
『マーダーボール』のド迫力。 

text by

平塚晶人

平塚晶人Akihito Hiratsuka

PROFILE

photograph byHiroya Wakabayashi

posted2006/10/03 00:57

スポーツの秋を映画で楽しむ。『マーダーボール』のド迫力。<Number Web> photograph by Hiroya Wakabayashi

 ラグビー用の車イスに腰掛けたマーク・ズパンの姿は、やはり異形と言っていい。ドキュメンタリー映画『マーダーボール』の主人公、そして現役のアメリカ代表選手だ。

 顔の下半分を髭が覆い、右肩と左すねには蔦模様のタトゥーが妖しげに這う。しゃれこうべを連想させる、いかつい輪郭は眼窩の部分が深く落ち込み、その奥に灯る目の光は、鋭いというより、イッている。

 車イスも尋常ではない。アルミ製のバンパーが取り付けられ、それがボコボコに変形している。フレームと車輪も傷だらけだ。 

 映画の冒頭、彼は凄みのある声で健常者に食ってかかる。

 「なぜ殴らない?俺が車イスに乗っているからか?殴れ。殴り返すから」

 来日したズパンに問うてみた。

──私たちは子どものころから、体の不自由な人を見たら優しくしなさい、手伝ってあげなさいと教わってきた。あれは間違いだったのだろうか。

 ズパンが「優しい」目で笑った。

 「間違いじゃない。ただ、俺は嫌なだけだ。坂道を必死に登ってるときに後から押されたくないってことさ。この競技をやっている連中は、たいがいそうだ。たいへんだってことは、もう俺の人生だから。それに、障害のある者が悪戦苦闘しながら、でも工夫して何とか乗り切る姿はけっこういいもんさ……」

 「マーダーボール」とは、1977年に「ウィルチェアー(車イス)ラグビー」が考案された当時の通称である。「殺人」の響きがスポンサーに嫌われて、後にこの名は使われなくなった。が、この競技に引き寄せられる者たちが、目に狂気を灯していることは、当時も今も変わらない。

 車イスでやるラグビー。

 それがそもそも、「教えこまれてきた」われわれには信じがたい。

 もちろんスクラムはない。ボールは丸く、前にパスすることも許されている。だが、全力推進する車イスが正面衝突し、大音響を立てて吹っ飛び、ときに横転するさまは、たしかにラグビーなのだ。渦巻く怒号も、そこに存在するスピリットも。

 プレイヤーたる資格は、四肢に麻痺があること。だから下半身不随よりも、彼らの障害度は重い。原因は首の骨折、あるいは先天性のものだ。

 ズパンは、18歳のときに、同乗した友人の車が事故を起し、運河に放り出された。13年前のことだ。鍛え上げられた上半身からは想像もできないが、右手の握力はほとんどなく、肩もうまく回らない。だから車イスバスケはできない。ズパンの同僚、すなわちアメリカ代表のボブには両手がない。それでもひじを使って器用にボールを扱う。チーム内には障害のレベルに応じて役割があるのだ。ちょうどラグビーに、スクラムを押し、あるいはトライをとる選手がいるように。

 物語は、アメリカ代表の選手たちと、敵役であるカナダ代表監督、ジョーの日常を軸に進行する。一人一人が抱えるドラマは重く、しかし徹底して開放的で、それがアテネパラリンピックでの両国の宿命の対決に見事に結実している。

 カメラはプライバシーへも容赦なく立ち入り、性生活まで彼らに語らせる。

 「映画を見た人間には、どういうわけか感謝される。撮影に応じたことについてらしい。今まで、聞きたくても聞けなかったことが多かったんだろう、俺たちに」

 ズパンと恋人がプールで泳ぐシーンは印象的だ。ビキニ姿でのびやかに泳ぐ彼女は、ズパンと付き合った理由をはっきりと言う。

 「はじめは好奇心よ」

 その彼女は今回、ともに来日した。付き合いはもう5年を超えることになる。

 ズパンの次なる目標は北京パラリンピックでの金メダルだ。

 「あなどれないのはジャパンだ。今、いちばん伸びている。世界レベルの選手もいる。まあ、決勝で当ったら、たたきのめすけどな」

 映画『マーダーボール』は10月7日(土)より渋谷アミューズCQNにてロードショー、全国順次公開。

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