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「イチローは“Good Bad Ball Hitter”だね」イチローの3000本安打カウントダウンで見えたアメリカからの尊敬《MLB史上30人目の快挙》

2991本
7・15 カージナルス戦@ ブッシュ・スタジアム
1点を追う8回1アウトで代打・イチローが告げられると観客席のあちこちから歓声が聞こえてきた。さざ波のような拍手が少しずつ大きくなり、ファンがおもむろに立ち上がり始める。接戦の終盤、敵選手には異例の反応だ。金字塔への本格カウントダウンという意味ではこれ以上の演出はなかったかもしれない。
「何だか打ち合わせできているみたいな動きでしたね。ちょっと感激しました」。試合後のイチローにはまだ昂ぶりが残っていた。何度も繰り返したのは「ちょっと考えられないですね」だ。敵地での称賛は思いがけないかたちでやってきた。カージナルス正捕手ヤディア・モリーナがホームベース付近をならすふりをしたのは観衆4万2034人のスタンディング・オベーションを長引かせるためだった。スタンドとフィールドが一体となった粋な計らいにイチローの心が動かされた。
2009年のオールスターに出場した際、郊外にあるジョージ・シスラーの墓碑に花束を届けた。シスラーは2004年にイチロー自身が塗り替えるまでシーズン最多安打記録を保持していた先人だ。2015年、“球聖”タイ・カッブの4191安打を日米通算で抜いたときには、球場内の告知が一切なかったにもかかわらず祝福がイチローに降り注いだ。「ここ(セントルイス)はやっぱり特別ですね」に実感がこもる。
ア・リーグで新人イチローが大暴れしていた2001年、ナ・リーグで突如台頭してきたのがA・プホルスだった。プホルスは2012年にエンゼルスへ移籍するまでメジャー最強スラッガーとして名門カージナルスを牽引した。マリナーズ時代のイチローが交流戦でセントルイスを訪れるたび、地元メディアは毎回のように2人の比較特集記事を掲載した。アメリカきってのベースボールタウン、セントルイスの野球ファンは以前から積み重ねの価値をよく理解していたのだろう。
続きの内容は…
- 2992〜2994本7・17 カージナルス戦@ ブッシュ・スタジアム
- 2995、2996本7・21 フィリーズ戦@ シチズンズ・バンク・パーク
- 2997本7・26 フィリーズ戦@マーリンズ・パーク
- 2998本7・28 カージナルス戦@マーリンズ・パーク
- 7・29 カージナルス戦@マーリンズ・パーク
- 2999本8・6 ロッキーズ戦@クアーズ・フィールド
- 3000本8・7 ロッキーズ戦@クアーズ・フィールド
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