
世界一のシャンパンに酔いしれた翌日。
サンディエゴからアリゾナにある自宅へ戻ったイチローを待っていたのは、妻の弓子さんが用意していた世界一を祝うケーキと、とっておきのワインだった。
「昨日は、どれくらいの人が見ていてくれたのかなぁ……」
その数字が瞬間的に56%にまで達していたと聞いて、イチローは嬉しそうに笑った。和やかな空気が漂っていた。
特製のケースに収められた金メダルが台の上に置かれていた。その傍らに、もう使うことのない選手用のIDカードが置いてある。
満足感と、解放感──。
スーツケースの上には、決勝戦で着たジャパンのビジター用のユニフォームがかけられていた。グレーのズボンの左ヒザには、ホームに滑り込んだとき、キューバのキャッチャーがつけていた青いレガースと激突したことを示す青い色がこびりついていた。
まさに、激戦の痕だった。
最初に浮かんでくるシーンは?
イチローに改めて、前夜のどの瞬間が浮かんでくるかと訊ねたら、彼は「どのシーンも出てくるなぁ」と言いながら記憶の中に刻まれた歓喜のシーンを巻き戻し始めた。やがて、イチローはライトのポジションから目に焼き付けたある光景のことを話し始めた。
「最初に浮かんでくるのは、最後、大塚(晶則)さんが三振を取った瞬間ですね。みんなが喜んでいる姿が、なんだか子どもの集まりに見えました。一つの結果に対して、大の大人が恥ずかし気もなくあんなに喜んで……僕もそうだったんでしょうけど(笑)。そういうのって、年齢を重ねれば重ねるほど失っていくものじゃないですか。恥ずかしくてできないっていうのならまだいいですよ。本当になくしてしまう人ってけっこういると思うし、だからこそスポーツっていいなと思うんじゃないかな」

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